江戸小紋のおはなし

江戸小紋はその名の通り小紋なので、一般的にはカジュアル着です。

江戸小紋のルーツは江戸時代、各大名がそれぞれ自藩の小紋を作っていました。
家紋といっしょで各藩で柄が違っている場合がほとんどでした。

小紋の柄はどこに使われていたかというと、武士の裃の柄として使われていました。
もちろん「留め柄」として庶民の使用は禁止されていました。

お城に登城するときに礼装着として裃を着用してたそうです。

将軍に近い立場の大名が一番細かい柄で、順々に位が低くくなるにつれて、柄も大きくなる。

最終的に位の低い人は無地だったそうです。

という事は江戸小紋の柄はフォーマルの柄で、細かいほど格が高いという事になります。


現在でも江戸小紋を略礼装、準礼装として使用される場合が多いです。
地域にもよりますが間違いないのが江戸三役と呼ばれる柄です。
それは「鮫」「行儀」「角とおし」です。

これらの江戸小紋は紋を入れると、色無地をしのぐ位の格になります。
もちろん帯はフォーマルの袋帯ですが。
一般的に「千筋」や「万筋」や「霰」、「胡麻柄」や「立涌」といった、遠めから無地に見えるものなどはフォーマルにいけます。

紋は共色の「縫い紋」がベストです。
目立ちにくいので、名古屋帯などをあわせてカジュアルにもいけます。

染め紋は、フォーマルしか使えなくなるので、あまりオススメしません。



歴史的に見れば江戸小紋は格が高い柄なので、全部フォーマルでいけなくもないですが、時代の変化で遠慮して使わなくなっているのも事実です。

他の事例も一緒ですが、庶民が慣習に疎くなると、世の中は単調になりあまり面白くないですね。

友人の結婚式に出ても、女性は黒のワンピースにショールだらけ。制服みたいです。

世界は多種多様であってほしい、それが面白いです。
行き過ぎたグローバル化に、大切な日本文化の崩壊を危惧いたします。

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テレビは末期ガン!?

ここ数年、パチンコ屋のCMが目に付きます。
ここ一年半くらいは特に顕著だ。僕のイメージですが。

TV局も不景気でスポンサーが付かないらしい。
パチンコ屋のCMを流してはならない法律は無いのだが、倫理観の問題でTV局も遠慮してきた。
しかし、このTV局の不景気で、パチンコCMが増えた。
言い換えれば、パチンコ屋に手を出した。泥沼の麻薬に。

某宗教団体のCMまで流れている。いったいどうなってるの?

パチンコ産業はあっちの経営者が9割、某宗教団体はあっち出身のセンセイ。

これでメディアは公正中立な立場が守られるだろうか?

バブル崩壊してからは、消費者金融のCMのオンパレード。これでもかと。

今は法律相談事務所のCMばっかり。

日本人の道徳観は、なるべく人様に迷惑を掛けないように生きる。
親に恥をかかすな。
お金を人様から借りることは恥ずべき事。(経営者は別ですよ)
借りたお金は当然、期日内に返すのがあたりまえ。


まあ、こういう時代だから100歩譲ってお金を借りても、ちゃんと返そうよ。
弁護士のセンセイ様がそんな小遣い稼ぎに信用ブラックの国民を増やしながら商売してどうする!?
社会正義ってなんだ!?

グレー金利とかいろいろ問題あるけど、その前に借りたら返しなよ。貸してもらったんだから、助けてもらったんだから、あとで文句を言うのは道徳感が欠如してます。

それを、CMで堂々と宣伝するもんじゃないと思います。

融資のCM→パチンコCM→法律相談CM

食い付く国民がいるから商売になる。
僕ら日本人の腐敗がそもそも原因です。どんどんアメリカのような個人主義、訴訟社会になっている。

お金が無いからって、韓国ドラマをそのまま流しますか?
クリエーターのプライドが無いんでしょうか?

民法キー局の電波利用量を上げるか広告税の導入話は、政治家はあまり話せない。
TVで叩かれるからだ。
したがって、「メディアは権力である」という事を、僕たちは認識しなくちゃいけない。
その権力が偏向していて、外部から汚染されている・・・・・・・・・

もう・・どうにもならないのか、いや、何とかなるはず、何とかなってきた。

だって「日本」だもん。



我々の世代で失くしてはならないモノ、それは「お天道様に顔をむけて生きる」ではないでしょうか、僕はそう思います。

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命より大切なモノ 忘れてはいけないあの日

先日、強行日程で東京に行ってきました。
あんまり時間がない中、靖国神社に行ってきました。
ちなみに僕は戦争礼讃者じゃないですよ((笑)

午前中ということもあり、本当に静かでした。
仕事中のサラリーマンが休んでたり、近所の人が散歩に来ていたり。
若い世代はもちろんの事、なによりも若い女性が多いのにびっくりしました。
なんとも、ほほえましい光景です。

幕末からの英霊246万6千余柱
自然と背筋が伸びます。

そして遊就館へ

平和ボケしている僕には
彼らの遺品や家族に宛てた手紙などを読んでいると
もう涙で展示物が見ることが出来ないです、ほんとに・・

僕らが東京裁判史観で書かれた教科書で学んだ歴史とは違う
その時代に生きた人々の歴史がそこにはあります。

手紙をご紹介

我が一生、ここに定まる
お父さんへ、いふことなし。
お母さんへ、ご安心ください。決して卑怯な死に方をしないです。お母さんの子ですもの。
それだけで僕は幸福なのです。
日本万歳、万歳、かう叫びつつ死んでいった幾多の先輩達のことを考へます。
お母さん、お母さん、お母さん、お母さん! かう叫びたい気持ちで一杯です。何か言ってください。一言でも十分です。いかに冷静になって考へても、何時も何時も浮かんでくるのはご両親様の顔です。
父ちゃん! 母ちゃん! 僕は何度でも呼びます。
お母さん、決して泣かないでください。
修が日本の飛行軍人であったことに就いて、大きな誇りを持ってください。
勇ましい爆音を立てて先輩が飛んでいきます。
ではまた。

富田 修中尉 長野県出身 日本大学卒
海軍第十三期飛行予備学生
昭和19年9月3日台湾にて殉職 23歳     引用終わり


当時の彼らも、現在を生きる僕らも何も変わりない人間です。
そりゃみんな死ぬのは嫌だし、愛する家族と暮らしたい。

命令なんかで国の為に死ねるわけ無いですよ。
命令なんかで上官が死んでいるのに、最後の一人まで玉砕できませんよ。
でも玉砕戦が太平洋の島々でたくさん行われ、自ら血書で特攻隊へ志願した者もいた。

「お国の為」の国とは、両親や奥さんや子供そして友人や恩師や美しい川や山を含めたふるさとの集合体のことだと思います。
少しでもみんなの為に少しでも本土爆撃の時間を稼げるなら・・・

両親は悲しいけど、息子を誇りをもって戦地でへ送った。
個人主義で汚染されている現代人にはとてもじゃないけどマネ出来ない事です。

多くの犠牲の上に、現在の平和な日本がある。
「ムダ死に」とか「当時は命が軽かった」とか本当に上から目線で言う人がいます。
本当に悲しいことばですし、人間とは思えないです。
戦没者や遺族を冒涜しています。

当時、多くの若い日本人が日本の未来の為に散った。
現在の日本を見て、彼らの眼にはどう映っているだろうか?
「命をかけるべく日本で良かったって」思ってもらえるだろうか。

毎年自殺者が3万人以上。権利ばかり主張、将来に無関心。
国の将来(子供の将来)に無関心。
楽しいことだけやりたい。
今の方が絶対「命が軽い」ですね。

先の戦争を見ないように生きても、日本人は何処にもいけない。
過去と向き合っていくしかない。
だれだって平和が一番いいに決まっている。
しかし、平和=幸福では無い。
平和という偉大な言葉が、幸福を見えなくする。
戦争に負けたと同時に、日本人にとって大切なものまで過去に置いてきてしまった気がします。



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大島紬の「おはなし」

大島紬の産地は鹿児島県奄美大島だ。

奄美大島は鉄分を含んだ土壌です。
その鉄分を利用して、大島紬の糸に染めていきます。
泥田というその名のとおり泥んこの田んぼで、大島紬の糸を泥で染めていきます。
その際、鉄分が染色を助けます。

何故か奄美大島だけに鉄分をたくさん含んだ土壌なのです。
他の島はそうでも無いのです。

奄美の人に聞くと、むかしむかし奄美に流星がふってきたそうな。
だから、鉄分がたくさん含んだ土壌が出来上がったそうです。

だから「大島紬」は星のカミ様からの「贈り物」だそうです。


泥田の脇には必ず蘇鉄(そてつ)があります。
その名のとおり、「鉄を蘇らす」植物です。

染色しているうちに、だんだん鉄分が無くなってきます。
そのときに
蘇鉄の葉っぱを泥田に混ぜておくと、また鉄分が復活し、泥田が蘇るそうです。

自然と人の智恵とロマンを感じる話でした。


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ありがとうの気持ちと「節句と祭事」

日本は古来から、小さな島国であるゆえん、争いごとを嫌いそして資源(海、山、川)である自然を大事にしてきました。

大陸の文化とは違う、島国ならではの文化を形成していました。
縄文時代の遺跡から、対人用の武器が発見されないのも一つの例である。
武器が発見されるのは大陸の文化が入ってきた弥生時代に入ってからです。

その話は後日にさておき、本日は日本の歳時記について書きます。
節句や祭事は、自然を大切に思うことから始まった行事です。

基本的に農耕民族である日本人は、田や畑、海や川や山の自然界に守ってくださるカミがいると信じて、そのカミ様たちへのお礼に特別な日を設け行ったのが、節句や祭事の始まりです。

1月1日、3日3日、5日5日、7日7日、9日9日、節分、花見、月見、彼岸です。
奇数を陽として、陽が重なる日は特に尊ぶ風習です。


元旦は一年のスタートを家族全員で迎える事、迎えれた事にを感謝します。
気持ちも引き締まり、改めて家族の温かさをお互い感じます。
衣:晴れ着 食:おせち 住:家(実家)の基本が元旦にはあります。


3月3日は桃の節句。

いわゆる「おひなさん」です。
旧暦を現代の暦にするとちょうど4月中旬くらいです。
山々が緑となり、川の流れも穏やかになる季節です。
元来、野のカミ、山のカミ、水のカミに感謝を捧げました。
人形は穢れを祓う宮中行事でした。


5月5日は端午の節句。

田植えの時期です。農家にとって田植えは神事のような行事でした。
田植えの前日、カミを迎えて豊穣を祈る行事を、菖蒲で葺いた屋根の下で穢れを祓ってました。
この日は女性がゆっくりと休み、心身ともに英気を養って田植えの日を迎える日でした。
ですから「女の節句」と呼んでいたようです。
菖蒲(ショウブ)は勝負とも読めるので、いつの間にか男の日になっています。


7月7日は七夕ですね。

日本では夏野菜の収穫時期にあたり、畑のカミ様を迎えるために、人里離れた水辺に棚作りをした上に機を置き、女性は布を織りつつ一夜を過ごしました。
布はカミ様に対して心を込めたお礼の意味があります。
棚の機(タナノハタ)棚機(タナバタ)が七夕となった説があります。


9月9日は重陽の節句です。

今のちょうど10月上旬です。
この時期は収穫が始まります。山や田や畑のカミ様に感謝する意味があります。
また、菊の花の時期です。
菊の花を盛り、最高の数字が重なるこの日は家族全員が集まります。
最近では、この節句を祝うことが少なくなっています。

ここまでが「五節句」といわれるものです。
時代の変化(占領憲法など)で本来の意味を成さないものもあります。

しかし、いかに日本人の自然を大事にする心、家族を大事にする心、子どもたちへの教育をかねた「五節句」が大事なものだという事がわかります。

この文化が失われるという事は、日本人が日本人で無くなるという事だと思います。(書類上は日本人ですが)
日本人の道徳観、倫理観、公共心は2000年以上の歴史に育まれてできたものだと思います。

まして、学校の授業から道徳の時間が無くなっています。
教育として、なんとかしなくちゃならないです。

我々の世代で失くしてはならないもの、それは「五節句」に学ぶ「日本人の心」だと、僕は思います。


長くなりますので、祭事はまたの機会にします。すいません。


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着物とエコと日本人

日本は大昔から、エコの文化だとよくいわれます。
そのひとつの例として、きものがあります。


きものは洋服と違うのは、曲線がほとんど無いということです。

洋服は生地をパターンに合わして裁断していきます。
肩のライン、腰のラインに合わして作りますので、出来上がった洋服は直線が無いくらい全体に曲線のラインです。
したがって体の体型にぴったりと合います。

きものの場合は、反物の生地をほとんどと言っていいくらい直線で裁断していきます。出来上がったきものも直線のラインが殆ほとんどです。
着付けも巻きつけて着るので、着付け次第である程度の体型まで着ることが可能です。
したがって、よっぽどじゃない限り、太っても痩せても同じきものを着ることができるのです。

洋服の場合はそうはいきません。
太ってしまったら、ぴちぴちで見苦しいですし、まず入らない場合もある(笑)

もうひとつ、きもののスゴイところは、仕立ての際にほとんど生地を余らさないで、縫いこむことができるのです。
どういうことかと言いますと、糸を解いてまた繋ぎ合わせると元の反物の状態に戻るのです
という事は、また新たに仕立て直しが可能になります。
もっというと、生地が破れない限り何回でも仕立て直しが可能です。

娘へその妹へ、孫へその孫へ。
最終的にはもちろん生地ですから、破れたり穴が開いたりします。
そのときは、座布団やお布団の生地として再利用します。また巾着やお手玉のような小物へ。

なんというエコでしょう。捨てることなんて絶対無いのです。

反物から始まって、また反物に戻る。1からはじまって、また1に戻る。
1として使えなくなっても、違う1になる。

最近は1からはじまっても1に戻らない物があふれている気がします。

木を切ったら木を植える。
稲を刈り取ったら、田んぼを休ます。

ずっと長い間使えるようにさまざまな工夫をしてきた、
日本文化を我々は失くしてはならないと、ボクはそう思います。

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奇跡の再会

小惑星探査機はやぶさが地球に帰ってくる!!
3億kmも離れた小惑星イトカワから地表のサンプルを持ち帰るという世界的快挙だ


子どもへ伝えるもの


しかし、はやぶさは数々の困難を越えなくてはならなかった。

H15年5月  鹿児島県から打ち上げ
H17年7月  姿勢を制御する装置3台のうち1台故障
H17年10月 2台目故障
H17年11月 化学エンジン燃料漏れ。7週間通信途絶。イオンエンジンの推進剤キセノンガス噴射で奇跡的に通信復旧
H18年6月  太陽光の圧力を利用した姿勢の制御に切り替え
H21年11月 エンジンの寿命で4基のうち運転可能は1基だけに。動く部品をつないで2基目として運転再開
H22年6月  地球へ生還!?

まさしく満身創痍のはやぶさが、7年かけて50億kmの旅が今日終わろうとしています。
おかえりなさい、はやぶさニコニコやったー!!バンザーイ!!

小惑星イトカワの名は、日本の宇宙開発の基礎を築いた糸川英夫さんからきている。
糸川さんは戦後何も無い日本の環境のなかで、ロケット開発に情熱を注ぎ世界で4番目、日本発の人工衛星を打ち上げています。
糸川さんは戦前、航空機の技術者でした。そして苦労の末、開発したのが戦闘機「隼」です。
「隼」は日本の航空技術を高め、さらなる技術革新を予期させるものでした。
しかし、敗戦と占領政策による航空機開発の禁止によって、技術の進歩の可能性はなくなり、多くの航空機が壊され燃やされました。
多くの技術者は悔し涙をながし、絶望し職を失いました。
ある者は自動車開発へある者は新幹線開発へ。しかし糸川さんは、空への夢をあきらめずそこから立ち上がり純民生技術の人工衛星打ち上げまでこぎつけた。すごいです!!


「はやぶさ」と糸川さんは、あの夏多くの国民と一緒に、涙を流しサヨナラしました。
しかしそれから60年「はやぶさ」と糸川さんは奇跡的に再会しました。
それは地球から3億kmも離れた場所でした・・・

もうすぐ地球にはやぶさが帰ってきます。我々の待っているところに

資源の無い日本は技術力で勝負するしかない。2番じゃなくて1番じゃないと意味が無いのはそこだ。

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お宮参り

お宮参りは男の子は生後31日目、女の子は生後32日目に氏神様へお参りします。(地域による)

昔は出産時や、出産してからすぐ亡くなる赤ちゃんが多かった。
したがって、生後ひと月、無事に育った感謝と今後の健やかな成長を願って氏神様へお参りします。

お宮参りは普通、両親と親族が集まって(父親側の親だけの場合もある)とり行ないます。
神社までの道中、近所の人にご挨拶したり、親戚や近所の人はお祝いを贈ります。

赤ちゃんの着物は産着といって、友禅や刺繍をほどこした着物を使います。
ハレの日にふさわしい着物で家族揃って撮った写真は一生の思い出のページです。

家族の絆、そして地域のコミュニティの繋がりを深めるハレの行事といえるでしょう

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ヨシツネ

Author:ヨシツネ
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「子どもへ伝える大切なもの」

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