振袖と未来の夢のおはなし

                    晴着   ふりそで
子どもへ伝えるもの


元来、男子は元服、女子は裳着(もぎ)といって
成人を祝う儀礼がありました。
医療が発達した今じゃ考えられないですけど
成人になるという事は本当にめでたい事でした。


成人式としての歴史は以外に浅くなんと戦後なんです。
埼玉県で実施された「青年祭」がルーツとなっています。
敗戦により虚脱の状態にあった当時、次代を担う青年達に
明るい希望を持たせ励ますために行われました。



1948年に1月15日は成人の日と定められ
各地の自治体で成人式が行われることになりました。



なんといっても成人式の魅力は振袖ですよね。
「私のときは着れなかったから
娘には是非着せてあげたい」という親御さんがよくいます。

母やおばあちゃんから成人のお祝いが「振袖」です。

振袖は未婚の女性の第一礼装です。

振袖はその名のとおり、振れるほど長い袖です。
それは、長い袖で縁を招くといわれています。
簡単に言えば
良い人と早く縁がありますように」という意味です。

だから、既婚者は振袖は着れません。
縁があっても困りますからねw
結婚式で着る「留袖」のように
袖は短いです。
すでにある「縁をしっかりとどめる」だけです。

男性からも女性の袖の長さを見ると
その女性が未婚か既婚かがすぐ分かりました。

ですから、現在のようにお付き合いしていたら
実はその相手が既婚者だったなんて話はあんまり無いです(笑)



話は少し変わりますが、
最近、成人式が荒れて社会問題になっています。
大人の仲間入りした大人が成人式で暴れる
これは問題ですね。

しかし、じゃあ僕はどうだったのかというと
テレビみたいな事は無いですけど、
友人と昔話に盛り上がってしまい、
えらいさんの祝辞なんか記憶にございませんw

ここから思うに、成人ではあるけど
精神年齢が実際の年齢に追いついてないと思います。
要は「子ども」です。
僕もそうでしたw

成人式の概念
日本が物資も食料も足りない時代で
一番欠乏していたのが「人材」でした。
良い「国家」を作っていくためには、
「若者が成長しないくては」
「大人になった自覚を持ってほしい」
「宝である若者の成人を自治体あげてお祝いしよう」
と願ってこの日を祝日にしました。


そこには
「国の宝は子ども」
「子どもを育て国を発展させる」
という国家のビジョンがあり
あたたかい心があります。

そして国家や地域の期待に
子ども達は何とか答えようとする。


しかし、成人式のテーマからを逸脱し
退屈そうだから「ディズニーランドでしよう」
とする自治体。
親同伴の成人式をする自治体。
金封が出る自治体もあるとか無いとか・・
国家として自治体として若者を育成させようとする
ビジョンがまったく無い。

そもそも大人が悪いのだ。
ワイドショー見て
「近頃の若い子は・・・」なんて
批判しても仕方なし。

日頃の学校、家庭、地域で
公共心、道徳心を教育しないで
成人式だけ「大人の自覚」を求めても
若者がかわいそうです。


成人式は一生で一回ですし
僕も行って良かったと思います。
故郷を離れている人は
同窓会がなければ一生会うことが出来ない友人が
そこに行けば会えます。
学生時代あまり話さなかった人と
話が弾んだりもします。

荒れている成人式ばっかりでも無いのも事実です。

しかし
このままでは成人式は廃止です。
僕らの数少ない共通の思い出もなくなります。


もう一回、原点に立ち戻って
子どもをみんなで育てていく環境の構築が
国家をあげて必要なのではないでしょうか?

教育の基本から見直す必要があります。
教育改革こそ
本当の意味で豊かで美しい日本に戻れる
唯一の道ではないでしょうか?




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何も言わず素直に見てください・・・・・・
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西陣織と時をかける物語

                     西陣織の袋帯
$子どもへ伝えるもの


西陣織とは京都の糸を先に染めてから織られた織物の総称です。
きらびやかな帯のイメージがありますね。
西陣というと帯のイメージがありますが
西陣の着物も(お召しなど)非常に着やすいものがたくさんあります。

西陣の歴史は古く5世紀ころ、
そして応仁の乱の後大きく発展しました。
それは、応仁の乱の時に西軍が本陣を置いた地域である事から
西の陣→西陣と呼ばれるようになりました。


$子どもへ伝えるもの

西陣織りの帯には通称「めがねマーク」と呼ばれる
西陣織工業組合が発行する証紙が付いています。
その証紙には機屋の登録番号ば記入されていますので
何処の機屋の帯か一目瞭然なので安心です。

証紙が無いからといって、良くない帯とはかぎりません。
証紙が無くても良い帯なたくさん実際存在します。
しかし、製造元がはっきりしている事は安心と言えます。



今日は西陣織にまつわるお話を書いてみたいと思います。
大河ドラマ「篤姫」でおなじみになりましたが、
幕末の将軍 徳川家茂と、その正室 和宮のおはなしです。



和宮は仁孝天皇の第八皇女として生まれました。
幕末、幕府の権威の低下から朝廷との関係を修復するために
和宮に将軍家へ降嫁するよう幕府から朝廷へ要請がきます。
和宮13歳の時でした。

しかし、和宮は5歳のときすでに有栖川宮熾仁親王との婚約をしていましたし

当時、皇女が関東の武家に降嫁することは絶対ありえない事でした。

もちろん和宮は拒否します。

まして和宮から言えば、武家の家なんて到底行けません。

兄の孝明天皇ももちろん断ります。

しかし、幕府に押し切られ降嫁が決定してしまいます。
それは、幕府が和宮を人質にする事を意味します。


和宮は自分の気持ちを押し殺して、江戸に向かいます。
「住み馴れし 都路出でて 今日いく日 いそぐもつらき 東路のたび」

現在で言えばまだまだ少女の和宮が、はるばる江戸に向かったのです。
涙もたくさん流しただろうと思います。

そして家茂・和宮ともに16歳の時、祝言が盛大に執り行われます。

家茂は13歳で井伊直弼らの策謀で将軍の職に就き、しかも病弱でした。

和宮が想像していた武家の人とは違う、聡明でやさしく思いやりがある家茂に

心を惹かれるようになります。

家茂もかよわい少女の身でありながら、異郷へ来た和宮をすごくいたわりました。

二人は不幸の身でありながら、仲睦まじく暮らしたそうです。





しかし、ささやかな幸せはすぐに壊されてしまいます。

4年後、家茂は第2次長州征伐の大坂城で病に倒れて亡くなってしまいます。


実は征伐前、江戸を出る時にやさしい家茂は
和宮にお土産を何が良いか聞きます。
和宮は西陣織を家茂に頼みました。

しかし、西陣織と一緒に江戸へ帰ってきたのは
もう何も語らなくなった家茂でした。

和宮は西陣織を胸に強く抱くと、黙って立ちがあがり
奥で泣き崩れます。。。


その時、詠んだ有名な歌があります。

「空蝉の 唐織ごろも なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ」
(この西陣織も、最早、何の役に立つでしょう。美しい織りも、
貴方が生きていてくれてこそのものなのに)


「三瀬川 世にしがらみの なかりせば 君諸共に 渡たらしものを」
(しがらみがなかったら、あなたと一緒に、三途の川を渡るのに)



それから和宮は西陣織を増上寺に奉納し、袈裟として仕立てられました。
これは「空蝉の袈裟」として現在まで伝わっています。

  家茂が和宮へ贈った西陣織と一緒の柄「七宝柄」↓
$子どもへ伝えるもの


七宝柄は「円(エン)がずっと連なった柄」です。

それにかけて、昔から「縁(エン)がずっと続きますように」との意味があります。
「和宮との縁がずっと続きますように」
「和宮の人生に縁がずっとつづきますよに」
という家茂から和宮への心のこもったメッセージなのかもしれません。


和宮は生前の「将軍様のおそばに」という言葉から、
増上寺のお墓に家茂と和宮は眠っています。


そして現在
棺の発掘調査で、和宮はなんと胸に写真を抱いて眠っていました。。
それは烏帽子に直垂姿をした男性です。
残念ながら写真の保存処理が悪かったため、翌日には消えてしまったらしいです。
この男性の正体は未だに不明です・・・


                    ちなみに徳川家茂
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激動の時代に翻弄された、二人の愛の物語です。


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扇子と美しい心

扇子のおはなし
$子どもへ伝えるもの


暑い日々が続きますね。
僕なんかエアコン依存症です。
付けてないと暑くて夜も眠れそうにありません。

しかし、なんと言っても自然風の方が気分がいいです。
森林の中を通る涼しい風や、田舎の家の中を通り抜けるような風。
心地いいですよね。
それには、かなわないけど
どこでも使えるのが、扇子です。

扇子は、なんと日本人が発明しています。
8世紀の発明だそうです。ん~すごいです(ノ゚ο゚)ノ
そして日本からシルクロードを通って
ヨーロッパに伝わりました。

扇子は折りたためば、小さくまとまり携帯するのにすごく便利ですよね。
ですから、輸出されて発展を遂げ、17世紀のパリには扇を扱う店が150軒くらいになり、
上流階級の女性のコミュニケーションの道具として大流行しました。



扇子は風をあおぐだけでなく、
様々な「心」や「文化」があります。


まず扇子は「末広」と呼ばれるようにだんだん広がる事から、
「末広がりを吉とする」日本の中で、めでたい場所で使われることが多くなりました。

落語や能や狂言の世界では、他のものに見立てて使用します。
お箸でうどんを食べるなどありますよねw

日本舞踊などで使われる、舞の小道具としても一般的です。

金品などの贈答時に、お盆の代わりとして扇子を使う場合もあります。

例を挙げ出すときりが無いですが、本当にたくさんありあます。


日本舞踊などお稽古事をされている方はご存知だと思いますが。
毎回のお稽古はじめに、お師匠さんと正座をして向かい合い
扇子を自分のひざの前に、横向きに置きます。
それから、お互い深くお辞儀をしてからスタートします。

なぜ、扇子を前に置くのか?

それは、扇子を置くことで境界線を引くことになります。
それは、お師匠さんと弟子である自分との境です。
「分をわきまえます」「教えて頂く感謝の気持ち」とも言えます。

また、扇子の向こう側は、上座
扇子より手前は、下座という意味もあります。
相手よりへりくだった謙虚な姿勢も表します。

こうして扇子は道具の意味から文化に発展します。


また、扇子と同じように武士の刀にも文化があります

刀は普通は左側に差します。
左手で鞘を持ち、右手で刀を抜きます。
ですから、武士は左側通行でした。
それは人とすれ違う時に鞘にぶつかることを嫌ったのです。
まして、武士同士で鞘がぶつかったら大変です。
それこそ、道端で決闘ですw

また、武士が人と話す時などに正座をする場合
刀を腰から抜いて、右側に置きます。
そして刀は刃の部分が反っていますので、
刃を自分側に向けて置きます。

右側にあるのと、反っている側が自分側なので
刀が抜けません。
これは
「あなたに敵意はないですよ」と意味になります。

こうして扇子は風を扇ぐもの、刀は人を斬るもの以上に
その物の美しさと文化と人の心が混ざりあっている事がわかります。


少し前の記事でも書きましたが
日本は小さな島国であることから人との摩擦を嫌ってきました。
狭いので協力し合って生きていくしかない。、
だから、余計な人からの誤解やすれ違いを
避けなけばいけなかったのです。
言葉だけじゃ無くて、ふるまいで事前に相手に示す。
そこには、謙虚な心と相手を敬う精神があります。


今では煩わしくなってしまっている、人とのつきあい。
お中元やお歳暮、年賀状、
ご近所付き合い、親族とのお付き合い、家族との付き合い。

めんどうくさいと言ったらそれまでですが
それを省略するという事は、結局めんどうな世の中になるのでは
ないでしょうか?

相手を信用しない世の中になり、近所同士で訴訟が乱立する世の中なる。
お互い権利を主張し合い、すれた心になっていく。
それは、どこかの国と一緒になってしまうのではないでしょうか?

日本人はお互い信頼しあう文化です。
相手に信用してもらうように努力する。
相手を信用しようと努力する。
相手の信用を失わないように努力する。

それが美しい文化を創り、美しい心を養ってきました。

美しい日本は、美しい日本人が創り出しました。
美しい日本では、なくなってきているのは、
美しい日本人が、いなくなってきた証かもしれません。



我々の世代で失くしてはならないもの、
それは「謙虚な信頼する心」ではないでしょうか、
僕はそう思います。


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納涼床と幕末維新

暑い日々が続いています。
まだ今年は暑くなりそうですから、少しぞっとしちゃいますよね。
みなさんも熱中症、熱射病には十分お気をつけ下さいませ。


けれど、夏は夏で楽しまないと損です。
もちろん麻の着物、絽や紗の着物で
逆に、夏の暑さを楽しむのも、四季のある日本の良さです。


                      貴船・川床
$子どもへ伝えるもの

京都では、納涼床(のうりょうどこ)があります。
鴨川沿いの床(ゆか)や
高尾や貴船の川床(かわどこ)が楽しめます。

鴨川沿いは現在、ちょっと暑いですが(笑)
貴船、高尾は山の中なので、涼しいです。
夏物の着物を着て、川床料理を頂くなんて、そりゃあ最高です(-^□^-)
僕ぐらいの庶民は、お昼のランチがオススメです。
価格もリーズナブルです。
しかし、この時期は予約は必至です。



納涼床の歴史は古く16世紀には、もう存在したといいます。
500年近く前の人も、鴨川沿いで涼を楽しんでいたんですね。

                      明治時代
$子どもへ伝えるもの



この鴨川沿に、「幾松」という料亭があります。
ご存知の方は多いかも知れませんが、
桂小五郎と妻の「幾松」のゆかりの建物です。
当時は長州藩の控え屋敷で現在は料亭になっています。

この幾松という女性は、すごい人です。
はじめは京都で芸妓をしていたそうです。
そしてその京都で桂小五郎と出会い恋に落ちます。

当時、桂小五郎は長州藩であり倒幕派です。
しかも、池田屋事件、禁門の変などで長州藩が朝敵とされ
幕府から追われる、どん底の身です。

乞食に身を扮して、生き延びる桂小五郎に
幾松は握り飯をよく持って行ったそうです。

そして、こんな逸話があります。
長州藩の控え屋敷で桂小五郎が潜んでいる時
突然、新撰組が押しかけてきます。

新撰組は、桂が屋敷にいる情報を掴んでいました。

万事休す、応戦しようとした桂を幾松はとどめ
部屋にあった長持(木の箱)に隠れるよう言います。

新撰組は片っ端から部屋を開けて、桂を探します。

桂がいる部屋は一番奥です。

どんどん新撰組はこちらの方へ近づいてきます。

そして、ついに一番奥の部屋のふすまが開け放たれます。

しかし、幾松が澄ました顔で三味線を弾いているだけで

桂の姿はどこにも見当たりません。


しかし、桂がもし滞在しているならこの部屋です。

その時、近藤勇が幾松の後ろにある長持(木の箱)に目をつけます。

「あやしい・・・」

そして、近藤勇が長持に手を伸ばします。

バチンッ!!

なんと、幾松が三味線のバチで近藤勇の手をはたきます。

そしてこう言います。

「近藤はん、もしこの長持の中に誰もいなかったら
責任をとってこの場で切腹してくれはりますか?
その覚悟がおありでしたら、どうぞ開けておくれやす。」

愛する桂をなんとか守りたい、幾松の命がけの大芝居です。



近藤勇は、「・・・・すまなかった」と言ってその場を去ります。



大ピンチの桂を幾松の気丈な振る舞いに助けられるという逸話です。

僕が思うには、近藤勇は長持の中に桂小五郎がいた事を
確信してたんじゃないかと思います。
幾松の命をかけた振る舞い。
それが、近藤勇の心を揺さぶったんじゃないかと思います。
「今日は、このへんにしておいてやるか」と。


歌舞伎の「歓進帳」でも、主人の義経を守るために必死に弁慶が隠そうとします。
その痛切な弁慶の姿に心を打たれ、関守の富樫は義経一行をわざと関所を通します。

とてもいい話ですよね。心を打たれます。
日本人はそういう情や義を美徳としてきたから
何年たって時代が変わっても人々に語りつがれるのだと思います。
何年たっても色あせないモノにこそ価値があるのではないでしょうか。



ここから僕の独り言ですが、
さてさて
幕末の志士は、なぜ明治維新を起こしたのでしょうか。

なぜ、農民じゃなくて、身分のある武士が幕府を終焉させたのでしょうか。

世界からミラクルピースと呼ばれ、200年も続いた平和な江戸時代を
なぜ、多くの命の犠牲をはらってまで終わらせないといけなかったのでしょうか。

アジアが欧米の植民地にされていく中
日本はどっちに進もうか。

他国のように植民地になるのか、独立を守るのか。

しかし、独立を維持するには、いばら道。
欧米にとって
有色人種の台頭は植民地政策に支障がでます。

欧米と日本が衝突する日が来るのは、必然じゃなかったでしょうか。
あの幕末の志士が立ちあがり、大政奉還が実現したあの日から
欧米との衝突は決まってた事なんじゃないでしょうか。


明治維新から日米開戦まで、必ず歴史は繋がっています。
歴史を断片的に切って考えるから、おかしな発想になります。
坂本龍馬はヒーローで
東郷平八郎はヒーローで
東條英機は超極悪人っておかしいですよ。
少なくとも悪人では無いはず。

開戦明け方、開戦回避を熱望していた昭和天皇の期待に応えることができず、
懺悔の念に耐えかねて官邸において、皇居に向かって号泣した東條英機氏。



衝突は避けてきたけど、最後はどうしようも無かったんです。。。

しかし、日本はボロボロになったけど
長引く東洋人の抵抗で、世界の価値観が変わりました。


タイ王国元首相ククリット・プラモード氏
「日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは
難産して母体をそこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは
一体誰のお陰であるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本という
お母さんがあった為である。
 
12月8日は我々に、この重大な思想を示してくれたお母さんが一身を
賭して重大決意された日である。更に8月15日は我々の大切なお母さんが
病の床に伏した日である。我々この2つの日を忘れてはならない。」




誰だって平和が一番に決まってます

正しい歴史を取り戻すことは、正しい政治と正しい教育を取り戻せます

そこには、正しい未来がきっと訪れるでしょう



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鬼が出る一条戻橋

$子どもへ伝えるもの
京都の上京区に一条通りがあります。
堀川に一条戻橋(いちじょうもどりばし)がかかっています。

普通なら一条橋でいいところ何故「一条戻橋」という名なのかは逸話があります。
西暦918年、漢学者の三善清行が京都で亡くなります。
父の死を聞いて急ぎ帰ってきた子の浄蔵が
たまたま父の葬列に橋の上でばったり会います。
父の棺にすがって祈ると、
清行が雷鳴とともに一時生き返ったといいます。
それから「戻橋」と呼ばれるようになったそうです。

この一条戻橋はすごくたくさんの逸話が残っています
なかでも、『平家物語』剣の巻にある一条戻橋の鬼の話はおもしろいです。
そこから誕生した、まんが日本むかし話の「羅生門の鬼」は名作です。


簡単にあらすじを

むかしむかし源頼光の家来に渡辺綱(わたなべのつな)という剛勇がいました。

羅生門に鬼が出るとの事で渡辺綱は

真夜中、雨が降る羅生門に向かいました。

着いてみると、人は誰もいないですし、当時は電気も無いので真っ暗です。

薄気味悪いですが、しばらくしても誰も出てきません。

渡辺綱は、「どうやら、うわさだったようだな」と帰ろうとします。

その時、柱の陰から、一人の若い女が出てきました。

そして、綱に「五条まで帰りたいのですが、この雨で困っております。」

綱は女を馬に乗せて、五条まで送ってやることにしました。

ところが綱が女に手を差し伸べた途端、

女が豹変します。

急に鬼の形相にかわり、綱の首を掴んで連れて行こうします。

綱はスキを突いて刀で、鬼の腕を切り落としました。

鬼は「7日の間にその腕を取り返しにいくからな」と言いながら

逃げて行きました。


綱は、安倍晴明に相談したところ、「必ず鬼が腕を取り返しにやって来るから、

七日間、家に閉じこもり、その間は誰も家の中に入れないように」と言われます。

そして、綱はその通り鬼の腕を箱にしまって、家で謹慎します。

そして何事も無く7日目の夜までこぎつけました。


しかし、7日の夜に年老いたおばが大阪から綱を訪ねてきました。

綱は事情を話しますが、せっかく大阪から夜更けにやってきたおばを

突き返すわけにもいかず、家にいれます。

綱の武勇を聞いたおばは

「是非、その鬼の腕とやらを見せておくれ」と綱に頼みます。

さすがに綱はこればっかりは拒みます。

しかしおばの熱意に「ちょっとだけ」と見せてしまいます。

おばは「ほうほう、これが・・・」といいながら

おばの顔は豹変し、鬼に変わります。

そして、切り取られた腕を取り

「綱よ、しかと腕はとりかえしたぞ、うひゃひゃひゃひゃひゃ」と

天高く舞い上がり、暗闇に飛んで行きましたとさ・・・終わり
子どもへ伝えるもの


YouTubeで見ると、これが怖いんです!!
僕が小学生なら必ず泣いています(笑)
一番下から見れるので見て下さいね!


話は一条戻橋に戻ります。

「戻る」ということから、嫁入り前の女性は、この橋を避けて通ったそうです。
戻って帰ってくるとマズイですからねw

そして、大東亜戦争時、出征前の若者とその家族ははわざわざ
一条戻橋まで来て、「生きて帰ってね」と願ったそうです。


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「日本昔ばなし」はハマります、夜更かしにご注意を!!




母から娘へ 桐(きり)のおはなし 

本日は家紋のおはなしです。

家紋はそれぞれの家を表すものですので、ほとんどの家に家紋はあります。
知らない方は、お墓などで確認すると早いです。

代表的なポピュラーな紋に五三桐(ごさんのきり)があります。
かなりのお家で使われています。

子どもへ伝えるもの

                花序につく花の数が3-5-3の五三桐



レンタルの留袖などに入っている紋もほとんど「五三桐」です。
ですから新しく作る着物に
家紋が元々、五三桐でしたら良いですが、
「とりあえず五三桐の紋を入れて」というのは、非常にもったいない話です。
それは、せっかく作ったのに、
「わ」ナンバーの車を乗っているようなものです(笑)



しかし、それくらい庶民に根付いた五三桐。
紐解くと、日本人にとって桐は非常に縁のある植物であることが分かります。


桐は神話の瑞鳥である鳳凰(ほうおう)子どもへ伝えるもの
とゆかりがあり,
鳳凰は金閣寺の屋上や
新1万円札にも描かれています。

子どもへ伝えるもの
鳳凰は
鳳(ほう)がオスで
凰(おう)がメスです。
二羽ではじめて、鳳凰になります。

桐と縁が深いのは鳳凰が
「桐の木の住み
竹の実をついばみ
五色の羽をもち
五音の音色で鳴く」
といわれ
桐は神聖な木として扱われてきました。

桐はご存知のように
火にとても強い木材です。
ですから、桐箪笥はすごく重宝されてきました。

なんと高温多湿の夏は膨張して、湿気の進入を防ぎます。
乾燥した季節になると収縮し、風を通します。

しかも火事になっても表面だけ焦げて、燃え尽きません。
そして中身を守ります。
四季のある日本の風土に合った木材なんですね。



その昔、娘が生まれると庭に桐の木を植えたそうです。
そして娘が嫁入りの時に、成長した桐の木を切り
たんすにして嫁入り道具にしました。

桐は火に強いことから「火ぶせの木」といわれています。
「火に強い」=「災難に強い」
「よく成長する木」=「生命力の象徴」として
娘の無病息災、不老長寿を願った親心がみえます。

着物の文様でも「桐竹鳳凰文」というのがあります。
送る娘への愛のメッセージが詰まっていますし、
何処に出しても恥ずかしくない文様ですので、今でも母親に人気です。


当然、皇室でも菊の御紋に次ぐ
位の高いのが五七桐(ごしちのきり)紋です。
嵯峨天皇の時代から天皇の衣類に使われてきました。
以前の記事でも嵯峨天皇でしたね、不思議です!!

足利尊氏や豊臣秀吉なども天皇から賜り使用していました。
したがって五七桐は「政権担当者の紋章」として認識されるようになりました。

現在も総理大臣の演台や官邸の備品には使われています。
$子どもへ伝えるもの

皇室や日本政府を表す紋となっています。


鳳凰は
良政が施されているときに出現し、その際には一切の風や音は止み、
静寂とともに、その五音の声が鳴り響くとされている。




現在の日本に再び鳳凰が現れてくれるでしょうか?

それは大好きな日本で

日本人の手によって政治を取り戻し

おじいちゃん、おばあちゃん達への言われのない汚名が晴れ

正しい歴史と文化と誇りを

そして、子ども達の笑顔を取り戻した時

五色の羽を僕らの前に見せてくれるかも

しれませんね


そんなふうに僕は思います




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浴衣と花火大会と線香花火のおはなし

夏の風物詩 花火大会
子どもへ伝えるもの

いよいよ花火大会のシーズンです。
浴衣を着て花火大会を楽しむ、とても風流ですよね!

大きなは花火大会の「かぎやー」「たまやー」も良いですけど、
誰しもが一度は楽しんだ事のある線香花火は、また違った趣があります。
あのかわいらしさと、あのはかなさが人の心を引きつけます。
$子どもへ伝えるもの

わずか0.1gの火薬に、わび、さび、そして起承転結の物語が入った
まさに日本の伝統芸です。

線香花火の歴史は江戸時代から約300年あるそうです。
関西では、持つ手が藁で
関東では、持つ手が和紙になっています。
関西は斜め45度に持ち
関東ではそのまま下に垂らすと
長持ちして綺麗な線香花火が楽しめるそうです。

線香花火には4段回の美しさがあります。
牡丹・・・先に出来る玉
松葉・・・火花が細く出て
柳・・・・下火になってきて
散り菊・・玉が落ちる寸前

控えめで美しい線香花火が日本で開化したのも、
日本人の心とマッチした花火だからです。

しかし、その線香花火も安価な中国製に押されて
昭和60年に信州の全店が廃業
平成8年に岡崎の前転が廃業
平成10年に九州の最後のメーカーが廃業
日本製の線香花火がすべて廃業してしまいました。

しかし中国製の線香花火は確かに安価ですが、玉がすぐ落ち本来の線香花火に
はもの足りません。

線香花火のあの美しさをもう一度見たい人達の声が上がります。
そして、何よりも「国産の線香花火を無くしてはいけない」と思う
日本の花火 師のプライドをかけた戦いが始まりました。

東京の老舗の花火問屋の山縣商店の山縣社長が立ち上がります。
「江戸文化である線香花火を日本から根だやしてはならない」

それから、研究が始まります。
「今更、コストで中国にかなうわけが無い」
「ビジネスとして成り立つのか?」
さまざまな反対の意見も多数ありました。
しかし、山縣社長は諦めませんでした。
そして平成12年純国産の「大江戸牡丹」を開発に成功します。
それは昭和のものを超える傑作でした。
それから平成15年に九州の名品「不知火牡丹」を復活させます。
子どもへ伝えるもの

国産の線香花火は名声を取り戻します。
「起承転結」のある火花の散り方。
そこには「詩」があり「音楽」があると評価されます。

まさに日本人の繊細な技術の結晶と日本人らしい美意識の象徴が
線香花火です。

国産の線香花火はごくわずかですが、
ぜひ国産の線香花火を試してみて下さい。

また違った美しさを楽しめます。

この時期だから
浴衣の基本初心者講座!!

浴衣は自分から見て、左の衿が上にくるように着てください。
対面のから見て、右側の衿が上にくるように着てください。
逆だと、仏さんになりますので要注意ですw 
あとは浴衣なので決まり決まったものが無いので自由に楽しんでくださいね!


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TVの「イケナイ」は本当にイケナイ?


TVでなんとなく流されている価値観は
本当に正しいのか勝手に検証してみましたw(^-^)/

バラマキはイケナイ
政府は税金を集めて、またそれを国民に戻すのだから、
言えばバラマクのが仕事です。
問題なのはバラマキ方法です。
与党の選挙対策のバラマキや経済効果の無いバラマキや
本当の意味で福祉にもならないバラマキが問題なのであって、
本当に困っている人への保証や景気刺激策や国防など
「国民の生命と財産を守るバラマキ」は当然必要です。


公共事業はイケナイ
そもそも不必要な公共事業や、建設業界の談合や
政治家との癒着が問題なのであって、
公共事業自体は雇用の促進、インフラの整備、地方の景気促進に
直接的に影響します。
橋の改修など耐用年数を超えたインフラは日本に数多くあるのにも
目を向けるべきだと思います。

官僚はイケナイ
官僚は優秀な事務方です。
政治家が頼りないから官僚任せになってしまいます。
官僚は敵では無く、是正するところはして、
良きパートナーとして付き合っていくべきです。
官僚と政治家が敵対して上手くいくわけがないです。

二世議員はイケナイ
二世でも三世でも仕事が出来るかどうかが問題です。
要は、その人の問題であると思います。

大企業減税はイケナイ
働いている人や取引先の人も国民のひとりであるはずです。
雇用を企業が確保しているのも事実です。
だから、国内企業の経済活動における社会貢献度と法人税とのバランスを
取らないと意味がないです。

米軍基地はイケナイ
不必要な世界になることに越したことは無いですが、
世界情勢と国防とセットで考えるべき問題であると思います。
当然、現状は自衛軍の設立か米軍かになります。
外交と地域社会との連携とコストまで踏まえた議論が必要です。

核はイケナイ
もちろんイケナイですが、
核がイケナイのでは無くて、
核が再び使用されるのがイケナイはずです。
二度とあのような悲惨な目に合わない為に、
どうするかが問題であると思います。
核保有国における核抑止は戦後ずっと機能してきたのは周知事実です。
核アレルギーによる国民の思考停止は
再び惨事をくり返すことになりかねないです。


耳ざわりの良いフレーズや国民に共感を得やすい情報ばかりが、
マスコミを通じて世間を巡っています。
すごく危険な状態だと思います。

国民が何も考えなくなってしまいます。
その事によって、利益を得る人達が世の中に出てくる。
そういう事を待ち望んでいる人達がいる。

意見をぶつけ合って議論を成熟させていく事が
本当に大事な事ではないでしょうか?


何でも議論は国民全体でするべきです。
判断する情報は政府やマスコミが、
公正に国民にきっちり提示するべきです。

だって、僕らの日本は民主国家ですから。


しかし、マスコミの怠慢や欺瞞は、
そもそも僕ら国民のせいなのかもしれませんね。


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幻の染め「黄櫨染」と日本人

色には昔からランクがあります


とくに紫色は古来から高貴な色とされてきました。
聖徳太子が定めた冠位十二階制定で濃紫色が一番高貴な色と定められてからです。

紫色の染色には主に植物の「ムラサキ」が使われていました。
この「ムラサキ」は育てるのが非常に難しいことから、
濃い紫色というのは、大変貴重だったと考えられます。

ちなみにムラサキの由来は、
「群がって咲いている」からきているそうです。

昔は庶民が着ることができなかった紫色ですので、現在でも着物の紫色は
尊ばれています。

紫色は世界的に高貴な色とされています。
世界の王族がこぞってお召しになったとされています。



しかし、嵯峨天皇の時代に日本だけ突如、最高位の色が変ります。
それは一般人には知られてこなかった幻の色です。
天皇と側近しか知らなかった染め色です。

それは、まるで太陽のような紅い色です。

黄櫨染(こうろぜん)という染めです。

これは、太陽の光に当たると真っ赤な色に変わるという不思議な染めです。
染料は黄櫨という木から取れます。

後ろから白熱光を当てたところ
$子どもへ伝えるもの
太陽が浮かび上がります!!



↓同じ反物です
$子どもへ伝えるもの
黄櫨染のきものは、現在では復元されて商品化されていますので、
手に入れる事ができます。
お好きな方はどうぞおひとつ(^-^)/

1200年前、世界の最高位の色は紫色でした。

その時、日本の最高位は太陽の色でした。



「日いづる国」「日出処」「日ノ本」などたくさん呼び名があるように
日本人は古来から太陽信仰をしてきました。

そのなごりが
「お天道さま」「お日さま」冬至の「ゆず湯」などです。

そして天照大神は太陽神です。
それは皇室の祖神です。

黄櫨染が天皇の第一礼装になった理由がここにあります。



日本の国旗です。
太陽をモチーフにしたシンプルなデザインは、
どんな国旗より美しいです。

子どもへ伝えるもの


国旗を調べてみると
星や月のモチーフの国旗はたくさんあるのですが、
太陽のモチーフの国旗は意外と少ないんです。
というか白人の国で太陽をモチーフにした国旗はひとつもありません。


国旗はみんなのマークでもあります。
残念ながら、このみんなのマークを切り刻む政党が、日本にあります。
残念ながら、このみんなのマークを公務員でありながら、反対する学校の先生がいます。

はるか昔から、太陽と日本人は切っても切れない存在であることを忘れているような気がします。

我々の世代で失くしてはならないもの、それは「お天道さまに顔を向けて生きる心」ではないでしょうか、僕はそう思います。

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勝手に参院選総括

参院選が終わりました。
まず、自民党が躍進したのは正直ほっとするところです。

民主党への不信感が今回の結果の全てだと思います。

たちあがれ日本は120万票を獲得しました。
保守票が割れる中、そしてマスコミへの露出が少ない中で
この120万票は評価出来るのではないでしょうか?
中山なりあき氏が落選したのは残念ですが、
保守が票になることをアピール出来たのではないでしょうか?

山梨県は輿石が当選してしまいました。
僅差の戦いでした。
本当に惜しかったです。もう少しでした。
しかし、アンチ日教組の流れは大きくなりました。

そして、神奈川県チバーバが落ちました。バンザーイ(^O^)/

大阪は、公明党新人がぶっちぎりでした。
大阪府民として、恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちです。
すいません(。>0<。)


日本再生はこれから

決して一気に動かない

少しづつ、少しづつしか変わらない

だからこそ、地道に頑張るしかない

1人の力は小さくとも

それが2人になり3人に増える

全国で大きな力になる

愛する日本を守る為に

子ども達に大人がツケを残さないように

おじいちゃん、おばあちゃんが命がけで守ってくれた日本だから


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あなたの想い 7.11

いよいよ、本日は参院選投票日です。

今日の結果が日本の未来を左右します。

期日前投票者数が1000万人近くあったのは、関心の表れでしょう。

たかが一票されど大きな一票!

戦後55年体制の中、余りにも国民の無関心さが、今の政治の閉塞感を生んでいると思います。

何も政治家が悪いんじゃない!
ぼくら国民の怠慢の結果です。

自分達の怠慢の結果が気にいらないからといって、政権交代を望みました。

その結果は国民の知るところです。

だから、僕らが変わらないと何も変わらない事に気付くべきです。

どこに入れても一緒では無く、
ちゃんと自分で調べてみる。

国=自分、家族、親戚、友人、恋人など、ふるさとの集合体です。

国(みんな)に何かをしてもらう事ばっかり主張するのでは無く、
国(みんな)がより良くなる為にはどうすべきかが大事です。

国(みんな)を良くしようと主張している政治家が、真の政治家ではないでしょうか?

たくさんの国を想う政治家を、国会に送りましょう!

これを読まれて、まだ投票に行かれていない人がいらっしゃいましたら、是非、投票に行って下さい!

まだ間に合います!
お願いします!

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★祇園祭はよみがえる★

祇園祭  鉾(ほこ)
$子どもへ伝えるもの
祇園祭が古都・京都で始まってます。

みなさんは、行かれたことございますか?日本三大祭りの一つで、
1000年以上も続くお祭りです。スゴーイΣ(゚д゚;)
西暦970年ごろ、疫病が流行り、厄病退散の為に始まったそうです。

京都の祇園には大きな八坂神社があります。
祇園祭りはその八坂神社のお祭りです。


子どもへ伝えるもの


鉾(ほこ)や山(山)が京都市内を練り歩きます。
見ている町の人や観光客にも、厄除けの効果があるそうです。
だから、普通のお祭りとは少し違う趣がありますよね。

なんとこんなに大きな鉾を、釘を1本も使わず組み立てます。
スゴイ技です!!
だから、組み立ての現場は、マニアも多いです(笑)

何と7月1日から7月の31日まで続く、1ヶ月という日数をかけた盛大なお祭りです。
ピークは17日の山鉾巡行です。
鉾や山がどんどん動いて、そりゃもうスゴイのなんの!

山鉾巡行が終わっても、もちろん祇園祭りは続きますが、何か物足り無さを感じてしまいます。
「後(あと)のまつり」の語源は、祇園祭りからきているそうです。


祇園祭では「ちまき」と呼ばれる物があります。
これは、茅で作られた玄関先に吊るして使うものです。厄除けになります。

食べるものを想像された方もいるかもしれませんんが、食べる「ちまき」とは
違いますよ(笑)

その「ちまき」には「蘇民将来之子孫也」と書いてある護符が付いてます。




むかしむかし

ムトウさんという人がおったそうな。

ムトウさんは全国の旅の途中、近畿の南部の地域を訪れました。

ところが、日が暮れてしまって旅が続けられそうもありません。

そこで、ムトウさんは一晩の宿を頼みに村を訪れました。

巨旦将来(こたんしょうらい)さんという人は、裕福でしたけど

一晩の宿を断りました。

蘇民将来(そみんしょうらい)さんという人は、とても貧しかったけれど、

快く受けてくれました。

粟穀で座を作り、粟飯で精一杯おもてなしをしてくれました。

ムトウさんは、大変感激しました。

お礼にムトウさんは、蘇民将来さんに茅で出来た腰に付ける輪を

差し上げました。

それ以降、蘇民将来さんの家では、代々疫病を

何故か、まぬがれたそうな・・・

後日、蘇民将来さんはあの時のムトウさんは

スサノヲのミコトだと知りました。



ヨシツネのアレンジ神話でした。(´∀`)


だから「蘇民将来の子孫である」と書いた「ちまき」を玄関に飾ると、厄よけになるんですね。


でも、蘇民将来さんって変わった名前ですね。
「将来、国民はよみがえる」 と勝手に解釈してしまいそうです。

よみがえり、目の覚めた国民は、大切な国を外国に売る政治家には
投票いたしません。
子どもたちが
「もう手遅れの日本だ」と嘆いても、「あとのまつり」にならないようにね。


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花嫁さんの気持ち、白無垢(しろむく)

$子どもへ伝えるもの
う~ん、美しいですよね。
ウェディングドレスも美しいけど、白無垢も捨てがたい美しさがあります。

白無垢はその名のとおり、全身が白で統一した衣装です。
婚礼の時に着るものです。
無垢(むく)とはけがれの無い「純真」という意味があります。
白色は「純潔」「清潔」「清々しい」という意味があります。

何色にも染まっていない表れと、
「これからあなたの色に染まります」という花嫁さんの決意の気持ちを表しています。
$子どもへ伝えるもの

身につける小物に「懐剣」というものがあります。
もともと武家の婚礼慣習で「女であっても、いざというときは自分で自分の身を守ります」という気持ちを表しています。

帽子のようなものが「角かくし」と呼ばれるものです。
これは、諸説がありますが
「新郎以外に、なるべく顔を見せない」説
「女性は嫉妬深いので、嫉妬に狂うと角が生え鬼になるという言い伝えがあり、鬼になるのを防ぐおまじないという」説(笑)
「顔のすみ(角)を隠すが(ツノ)隠しに変わった」という説
「髪の毛は不浄なものなので、それを隠す」という説。

などなど、まだまだたくさんあります。(調べてみるとおもしろいですよ)


白無垢の着物は裾が長いので、写真のように褄(ツマ)を持って歩きます。
舞妓さんも一緒ですよね。

花嫁さんは右手で褄を持つ(右褄)
舞妓さんや芸子さんは左手で妻を持つ(左褄)
着物を着たことのある方は分かると思いますが、長襦袢の合わせ目が右側ですので、男性の手が入りやすいのは左褄です。

舞妓さん芸子さんの「芸は売っても、魂は売らぬ」というプライドの「左褄」です。


花嫁さんひとつとっても、女性の清楚な美しさと内に秘めた強さが表れていますよね。




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博多織と愛

博多織は約760年続く、九州博多の名産です。
博多の帯は締めやすく、ズレにくいので今現在でも人気です。
献上柄と呼ばれる博多帯は、お太鼓に縦縞(たてじま)が出るので、粋でかっこいいです。
また、「平織り」の博多帯は一年中使える優れものです。



博多帯の品質の見方は博多織の証紙を見れば、だいたいの品質が分かります。
博多証紙
$子どもへ伝えるもの

証紙の枠の色が、糸の種類や絹糸の質で変わります。
金色   
緑色
紫色
青色 とあります。
銀色は今は無くなりましたが、今の金色と一緒です。
もし、銀色の証紙を見られることがあれば、ちょっとだけ古い帯という事になります。




献上柄のアップ
子どもへ伝えるもの

献上柄と呼ばれる柄の由来は、江戸時代九州福岡藩藩主、黒田長政が幕府に献上した時の着物の柄だからです。
画像の左側を見ると、白い「太い線」を徳川幕府とし、黒い「細い線」を福岡藩と表します。

白い線の内側に黒い線があります。
これは、「幕府に忠誠心を表した柄」だそうです。

画像の右側は逆の位置になっています。
これは、「徳川幕府を福岡藩はお守りします」という意味だとか。


ここから、ちょっといい話。
この献上柄の帯は、昔、娘の嫁入りの時に親がタンスにそっと入れて、持たせたそうです。
幕府と黒田長政の柄、関係ないじゃんと思いますが。

右側の柄でいえば、
「嫁に行って、違う家の人間になっても、あなたはいつまでも私たち(両親)の大事な子ですよ」

左側の柄でいえば、
「嫁に行ったら、相手のご両親を自分の親だと思っていつまでも大事にしなさいよ」

という意味があるからです。


親の子どもへの「愛情」と、「子どもへの教え」をメッセージを帯に託して、嫁入り道具として
そっと持たせてあげたそうです。
厳しいけど、本当に愛情のこもったメッセージです。

現在の
「苦しかったら、すぐ実家に帰っても良いんだよ」という親とは違います。


今現在、マニュフェストに載っても無い「夫婦別姓法案」を通そうなんぞする党の政治家を江戸時代の人に叱ってもらいたい。
しかも、国民に黙ってなんて。

日本は狭い島国です。
だから、人と人の「和」を大事にしてきた。
あんまり揉めたら、狭いのでたいへんな事になる(笑)

個人のエゴより、みんなとの「和」
「夫婦別姓法案」なんて家族の絆が薄れるだけです。

結婚は良い意味でお互い「立派な家庭を築こう」という「覚悟」があったから
つらいことがあっても「家庭中心」に物事考えられたのだと思います。

今の70代後半や80代のおばあちゃんと話すと
「昔はつらい事もあったけど、一生懸命働いて子どもを育てて、でもあの頃が一番楽しかった。今は孫もたくさんいるし、幸せ」と笑顔で話されます

僕みたいな青二才が考えられないような苦労をされてきたんだと思います。
しかし、あのおばあちゃんの笑顔は、深くもあり、ステキな笑顔です。

左に傾き過ぎの日本社会、そしてマスコミ。
左に傾いている事すら気付いていない。
おばあちゃんの笑顔が語りかけてくるもの。
僕ら日本人は感じとるべきだと思います。



我々の世代で失くしてはならない大切なモノ、それは「和」の精神ではないでしょうか、
僕はそう思います。


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「いただきます」「ごちそうさま」

ご飯を食べるとき「いただきます」「ごちそうさま」を言いますか?


「いただきます」の由来は諸説があります。

食べ物である植物や動物の命を絶って、その命をもらって人間は生命を維持する。
その事に「感謝」して「いただきます」

生産者の方や料理を作ってくれた人に「感謝」して「いただきます」

食事を提供してくれた家長に対して「感謝」して「いただきます」

もしくは、山のカミ、海のカミに「感謝」して「いただきます」

家族そろって食事ができる事に対して神様、仏様に「感謝」して「いただきます」



いろいろ諸説はあるけど、「感謝」という心は一緒だと思います。

僕ら人間は生きているだけで、二酸化炭素は出すし、植物や動物の命で生きている。
だから、僕らは「感謝」の気持ちが大事だし、生きている限りは社会に貢献しないと意味が無いと思います。
一生懸命働いて税金を払ったり、自然を大切にしたり、人に喜んでもらったり、家庭を築いたりして何か社会の役に立たなければならないと思います。


その「道徳心」が今の世の中、崩壊していると思います。

学校で道徳の授業の時間がなくなっているそうだ。
日本教職員組合(日教組)が反対しているらしい。
もちろん「いただきます」も反対らしい。

・「いただきます」は宗教である。憲法違反である。
・給食費を払っているんだから「いただきます」という理由は無い。

教育とは何でしょう?教育者とは何でしょう?

かといって
「教育に中立は無い」と断言しています。


ううむ・・、今はアレの真っ最中なんで、アレできないけど。

まともな日本人の良識に期待します。


我々の世代で失くしてならないモノ、それは無条件の「感謝の心」ではないでしょうか、僕はそう思います。


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参院選、投票に行ってまいりました

仕事が忙しくなりそうなんで、不在者投票に行ってきました。

平日の昼間でしたが、投票に来ている人は多かったような気がします。

たかが一票ですが、おもいを込めて記入してきました。

当選したらいいな、あの先生!!

もちろん正義の仮面をかぶった、売国議員には投票してません。

さてさて、この参院選はどうなるのやら!?

組織票が選挙を左右したら面白くない。
是非とも選挙に行く人が増える事を願います。

未来の子ども達のためにもね。



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ヨシツネ

Author:ヨシツネ
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