「それはね、家族の崩壊だよ」

                     スウェーデン 
$子どもへ伝える大切なもの

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本日はスウェーデンについて書いてみます。

国土面積は約44万km²で日本より少し大きく
人口は約900万人で日本の10分の以下です。

立憲君主政国家であり、高齢化問題もある。
欧州連合加盟国です。

有名どころは
通信機器メーカーのエリクソン
ノーベル平和賞のアルフレッド・ノーベルの出身地
自動車メーカー、ボルボ (VOLVO)
大型家具店のイケア(IKEA)
アパレルのH&M(エイチ・アンド・エム)である。


特徴としては
「福祉国家としてのスウェーデン」でしょう。

スウェーデン国民の税負担は約75%と言われます(すべてを含む)
日本の税負担は約35%ですから、約2倍にあたります。


その代わり「ゆりかごから墓場まで」のキャッチフレーズどおり
子供や高齢者の世話はみんな国が見てくれます。
教育費もほぼ家計負担はありません。

最低年金も保障されており、老後食べる分にも困りません。
いわゆる高負担高福祉です。

穀類の自給率は120%を超えています。
公務員は3人に1人で、
女性の社会進出も経済に大きく貢献しています。

加えて2009年までは日本と違い、経済成長を続けています。
福祉国家と男女平等が国家と経済を支えるかたちとなっています。

経済は資本主義をとり、福祉は社会主義路線です。

ですから世界はスウェーデンを
「理想的な福祉国家」「民主主義国家のモデル」と大絶賛ます。



理想の社会主義の幻想が崩壊した現在
社民党や旧社会党(民主党など)はもちろん
日本の福祉政策もこの「スウェーデンモデル見習え」とまっしぐらです。


しかし現在この「スウェーデンモデル」に陰りが見えてきています。

こんな話があります。

スウェーデンの老人にインタビューします。
「おじいさんの一生でもっとも重要な変化は何でした?」

インタビューした方は
戦争か携帯電話やパソコンなどの情報革命などを予想していたそうです。

しかし、老人はこう答えます
「それはねぇ、家族の崩壊だよ・・」


これはスウェーデンの抱える問題を一言で表したものだと思います。



日本のマスコミがあまり報じない、スウェーデンに大きな問題が起こっています。
ちなみにスウェーデンは素晴らしい国である事を言っておきます。

離婚は2人に1人で、離婚率はなんと50%を超え
平均的な婚姻年数はわずか10年です
そして事実婚が極端に多く、夫婦の崩壊で言えばもっと多い数字でしょう。

そして、なんと新生児の約50%が非嫡出子(ひちゃくしゅつし)です
非嫡出子とは、法律上の婚姻関係がない男女の間に生まれた子どものことをいいます。

自殺者は日本より少ないのですが、(人口が少ない)
自殺者における若者(15歳~29歳)の割合が4分の1を占めます。

犯罪の数は、10万人あたりアメリカの4倍、日本の7倍にもなるそうです。
アルコール中毒者の増加
麻薬の汚染
性犯罪の増加
これらも、人口比で当然日本より多いです。

老後の不安も無く、失業しても国が面倒見てくれる素晴らしい国です。
子供の教育も親の介護の心配も無しです。
女性は思い切って外で働ける素晴らしい国です。
しかしなぜ、こんなに国民が荒れるのでしょうか?


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福祉の充実したスウェーデンでは、
我慢して夫婦でいる必要もなく、親の介護の必要もなく、
自分が子育てに苦労する必要も無いのです。

また、失業しても手厚い保障が受けれるので、
我慢して働く必要がない。
親も老後は国が全部面倒見てくれるので、子供に世話になる必要もありません。

しかしこれが結果として「家族の崩壊」に繋がっていまうのです。



今日の記事は女性に嫌われるかもしれませんが、勇気を出して書きます。

これは、社会福祉とジェンダーフリー論の行き過ぎた結果でもあると思います。
スウェーデンの女性は社会進出をして、女性の労働参加率は76%に上ります。
(日本は48%)

家族という最も大切なコミュニティーで核となるのは、やはり「母親」です。
それは親父ではないのは日本でも明確です。
例外はあっても、これが事実なのです。

男女は公平であるべきだと思いますし、男尊女卑の考えでもありません。
ただ、どう考えても体つきは違いますし、男に子供は産めない。母乳も出ない。

他の哺乳類がそうであるよう、原始の時代から性別に応じて役割は当然違うのです。
自分たちの種を残せる最善策をとってきたからです。

それを無理に変えようとしても、やっぱりほころびが出てくる。


田嶋陽子氏と喧嘩になりそうな記事ですけど、そう思います(笑)。
ただ、何回も言いますが男女は公平であるべきですし、
優秀で仕事が出来る女性はたくさん見てきました。

それを踏まえた上でも、家族にはやはり女性の力が必要なのです。
子どもには家族の力が必要なのです。
みんな一人では生きていけない。家族の支えが必ず必要なのです。

ですから、母親に子育てや介護の負担がかかり過ぎないように、
夫や子供やご近所で助けあう事の方が重要です。

ただ亭主関白のような日本男性が多かったのも事実ですが
多くは元々、日本にあったものです。

「向こう3軒 両隣り」、「遠くの親戚より近くの他人」と言って、
近所付き合いを大事にしてきました。何かあれば助けてくれる日本でした。

大家族で住み、姑さんから嫁は学んだり、時に甘えたりしました。
孫はおじいちゃんの昔話などを聞き、道徳観や人生勉強ができました。
ちょっと子供を見て欲しい時など、祖父母に預けることも可能でした。

そんな家族だから介護してあげたい、それが日本人の美風でした。


スウェーデンの家族崩壊は行き過ぎた福祉政策と
フェミニズムの蔓延が原因にあると思います。


家族の崩壊は、帰る場所の無い旅行者のようなものです。
友人と楽しい時間を過ごしても、仕事で成功しても
人は虚無感に襲われたりするものです。

スウェーデンの女性は、個人主義や似非平等の権利を過度に要求して、
実は最も大切なものであるはずの、家族、愛情、優しさ、生きていく心のあり方を失くしてしまった。


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武器輸出大国として何とか経済成長と社会福祉を両立してきたスウェーデンですが
この世界的不景気で、福祉政策も見直さなければならない状況まできました。

重い税負担から若者の国外への流出。
国内企業の買収や国外への移転。


人材を補う為に、国外からの参政権を与えてまでの移民の受け入れ。
それによる治安の悪化。

過剰福祉からの悪平等。


何か日本の問題点や今後予想される問題点と類似していませんか?



スウェーデンはやっぱり民間でできる福祉は民間でやれるような政策転換を図っています。
市場原理主義のアメリカでさえ、家族単位の絆を見直す動きがでているくらいです。



自由、平等、平和、人権、弱者の味方、福祉
などという言葉は誰にも反対できない言葉です。
だから、この誰にも反対できない言葉を利用して
国民を愚民化する政治家や政党は信用するべきでないのです。



「コンクリートから人へ」なんて美化したキャッチフレーズで
「子ども手当て」を支給する民主党。
一度得た既得権を国民から削るのは、当然、混乱が起きる。
ギリシャがいい例です。

社会福祉は本当に困っている人々をサポートする為にあるべきです。
90歳の母を70歳の方が介護する日本。
教育が受けたくても受けられない日本人。
働きたくても働けない日本人は当然、救済するべきです。

それ以外は、やはり家族の絆を取り戻す政策や
近所付き合いなどの地域のコミュニティーの連携をサポートする政策が必要です。

それを踏まえた上で、選択性夫婦別姓法案ならまだ理解できる。(僕は反対ですが)国家のビジョンも無く、世界情勢にも疎く、脳内お花畑状態で
偏ったイデオロギーを、「誰にも反対できない言葉」で「移民」や「外国人参政権」を押し付けられても国民は判断に困るのです。



福祉を声高に叫ぶ人

平和を声高に叫ぶ人

人権を声高に叫ぶ人

平等を声高に叫ぶ人


にはご用心



世界は公平であれ


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七五三と「あの日」

                  あの日の思い出 七五三
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日本には子どもの成長を祝う儀式が昔からたくさんあります。
それほど、子どもという存在を大事にしてきました。

七五三のお祝いは室町時代に始まったそうです。
11月15日を吉日として行われました。

現在の七五三は11月15日限定ではなく
前倒しで家族の都合が合う日曜日などに行う事が多いようです。

今年は15日が月曜日に当たりますので
14日の日曜日がピークになりそうです。


七五三の原型は

三歳になると男女とも「髪置の祝い」を行います。

男子が五歳になりますと「袴着の祝い」を行います。
袴は左足からはかせることになっています。

女子は七歳になりますと「帯解きの祝い」を行います。
本裁ちの長着に帯を締めてお祝います。

これらをまとめて七五三と言います。

これらの儀式を踏まえ、子どもは地域の一員として認められるようになります。
まして、七歳の女の子の本裁ちの着物は、女性としての仲間入り表れです。




氏神様に詣でた後、七五三の祝膳の宴を催します。
(本膳七菜、二の膳五菜、三の膳三菜)

古来より、親が子どもの成長を喜ぶほほえましい儀式ですよね。


三歳児は、まだまだ小さいので帯を結ぶよりは
被布(ひふ)を着せると楽なので本人も喜びます。

男子の五歳は、産着を仕立て変えをして、
袴と草履を履かせてもOKです。
持っていなければ、三つ身の羽織セットを購入するしかないです。

主役は子どもですので(笑)親の装いはあっさりとした柄の付下か訪問着
または色無地に金糸、銀糸のフォーマルの帯を締めて下さい。

主役は子どもですが、あくまでも「お祝い」ですので
略式になさらずに親としてもお祝いの装いがベストです。
けっしてジーンズなどで行かれない様にして下さい(笑)

親や兄弟の着物を仕立て変えてまた使う。
七五三を通じて、物を大事にする習慣も伝えて欲しいものです。

意味が分からないで七五三を行われますと
ただのコスプレパーティーになりますので
あくまでも「子どもの成長を祝う儀式」という事が大前提です。

本人はその時、何も分からなくても
大きくなってから写真などで七五三を思い出します。

「こうやって祝ってもらったんだ」
「お父さん、お母さんありがとう」


それは子どもの健やかな成長に一番必要な「親の愛」
感じれる瞬間です。

親に大事にされていると感じると、普通の子どもは健やかに成長します。
親に大事にされていないと感じると、普通の子どもは曲がっていきます。


大事なのは、親が厳しくとも優しくとも
そこに『子どもへの愛(心)』があるかどうかです。



どこかの、ブログで七五三は
親の自己満足であり、子どもは着飾されているだけだと書いておられました。
どうして、そんなに捻くれているのか。
なんと、人に教える立場の人間ではないではないか。

すごく悲しくなり、ページをすぐ閉じました。



何故、子どもの成長を祝うのか? 
何故、氏神様にお参りするのか?
何故、家族みんな時間を作ってまでお祝いするのか?

家族の絆を深め
公共心を養い
子どもの健やかなる健康を祈り
無事にその歳を迎えられた感謝の気持ちを伝える





百歩譲って、親の自己満足でも、子どもが嫌がったとしても


子どもは大きくなってから
みんなで祝ってくれたその日を、必ず感謝します
澄みきった心で、そして満たされた気分になります

それだけでも、意味があるのではないでしょうか




遊園地やプールはいつでも行ける
しかし節目のお祝いは一度きり

ハレの日に
家族総出でお祝いしてくれた、みんなの「心」
必ず自分の子どもにも伝えたい「心」になるのです





反抗期の中学生のような冷笑主義が蔓延しています
冷めた心を持った大人が多くなっている様に思います

人の揚げ足を取り、批判するばかり
ワイドショーの様な日本人が増えています

何時からこんなにも冷めているのでしょうか
熱血教師も、近所のアツい親父も
アツい政治家も
ずいぶん減った様に思います



$子どもへ伝える大切なもの
日の本 ニッポン
太陽のようにアツく 
そして
血の通った心を取り戻しましょう




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「黒」と「白」のおはなし

本日は色のおはなしです。
日本人の着物の第一礼装(一番位が高い)のは、
男性は黒紋付羽織袴(くろもんつきはおりばかま)
女性は黒留袖(主に結婚式)や黒紋付(黒喪服)です。

どちらの着物にも、背中に一つ紋、両胸に二つ紋、両袖に二つ紋が
入っています。
合計5つ紋が入ります。


なぜ紋が入るのでしょうか?

背中の紋(背紋)はご先祖様を表します
胸の紋(抱き紋)は両親を表します。
両袖の紋(袖紋)は兄弟や親戚を表します。


それらを身につける事は、血縁関係を尊び
また、着る人を守ってくれると考えられています。


ですから五つ紋が入った着物が、最も格式が高いとされます。




$子どもへ伝える大切なものお葬式では、故人を偲んで生前にお世話になった方や知人などが来られます。
それをお迎えする喪主(ホスト)として、そして家の顔として恥じぬよう最高の格式の黒紋付でお出迎えする必要があります。

最近では、愛する人を送るお葬式に
親族が略式の格好で出られる場面に遭遇します。

「死」とはその人の人生でたった一度きり事です。
結婚式は二度する人もいますが(笑)
お葬式は一度きりです。
ご家族が略式の格好でいる事は、
故人から見れば寂しいものですし、
故人を偲んで時間を作って来られる弔問客に対しては失礼にあたります。

「わざわざ、お越し頂いてありがとうございます。」
最高の礼を持ってお出迎えする、それが黒紋付です。
そこは、略しては決していけないのです。


きっちり家の紋(ご先祖様の心)が入った、着物で「喪に服す」のです。
ですから、黒紋付の事を弔辞の場合は「喪服」とも言います。




$子どもへ伝える大切なもの
男性の黒紋付羽織袴は慶弔両方でお召しになることが出来ます。
女性の黒紋付も慶弔両方でお召しになることが出来ます。
黒留袖だけ祝儀だけの装いとなります。(華やかですからね)

しかし、最近では黒紋付は不祝儀の場でしか着られないようになりました。
「黒」という色に、お祝いの席での着用が控えられるからです。





本来は日本の喪服は「黒」では無く「白」です。

日本人にとって「白」「次の世界への旅立ち」の意味や
「穢れを清める」という意味もあります。

ですから、故人には白装束を着せます。
そして「死」という穢れに一番近い親族も「白」の喪服を着たのです。

また、花嫁さんの白無垢も「新しい世界への旅立ち」という意味での白色なのです。
披露宴での「お色直し」は白から「その家の色に染まりました」という意味だそうです。
だから、「お色直し」は一度きりです。
男性の「お色直し」は、まったく変な話なのです(笑)

また、宝塚歌劇団の正装は黒紋付に袴です。
ニュースで卒業式の風景を見かけますよね。
黒紋付が決して「喪服」だけでは無く、めでたい席でも着れるという事が分かります。

ですから、元来日本は「白色」も「黒色」も、慶弔問わず使われてきたのです。






では、いつから喪服の色が「白」から「黒」に変わったのか
これはいろいろ諸説がありますが
明治天皇の大喪の礼以来は、欧米に合わせて喪服を「黒」となったようです。


子どもの未来を憂い思う方々は、ピンと来られたと思いますが、
そうです98年前の今日、「明治天の大喪の礼」が行われました。

98年前の今日9月13日から、日本の不祝儀の装いは徐々に「白」から「黒」に
変わっていったのです。






「黒色」というのは高貴な色

最高位級のブラックカード
フォーマルスーツ(モーニング)などはすべて



「黒色」というのは「無」を表す色

内部の構造や状態について知り得ない部品をブラックボックス
舞台での子→そこに存在しない事になっています



「黒色」というのは「有」を表す色

帳簿では色インクは収入 収入が残れば「字」



「黒色」というのは中立を表す色

スポーツにおける審判
法廷における裁判官


「黒色」というのは恐怖、悪、死を表す色

金融恐慌のブラックマンデー
警察や司法では、犯罪者や有罪を「黒」と表現する
ブラックリスト:警戒すべき者が記載された名簿
仏教では、は地獄の色 
葬儀の際に用いられる鯨幕は、白の幕
新聞などの枠は訃報               黒色についてはWikipedia参照






日本経済も、政治も、教育も、報道も「」に染まろうとしています
いや、染まってしまったのかもしれない

拝金主義に染まったマスコミや経済人

善良なる国民を騙し「あしなが育英会」の募金をネコババする
日本教職員組合


日教組とグルである日本労働組合総連合会は
共に民主党の支持団体


汚職まみれの小沢一郎氏
秘書が三人も逮捕され、「起訴相当」に当たる人物
本人は「」だと言うが
限りなく「」に近いグレー

「陸山会」の不動産
西松建設
鹿島建設
水谷建設
リクルート
政党助成金

疑惑の例を挙げだしたらキリが無い
仮に小沢氏が総理になると、国会での野党の追及は避けられない
本人はまた「」だと言うであろう




しかし、小沢氏の側近は「」だと言う

その側近は小沢氏の愛するペットの柴犬である



その名はクロである ←実話 




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御礼 3ヶ月記念



ブログを始めさせて頂きまして、3ヶ月を迎えさせて頂く事が出来ました。
素人の拙い文章に対て、日々ご訪問下さったり、コメント頂いたり、
人気ブログランキング(着物・和装)でトップまで上げてまで頂きました。

これも応援して下さる皆さまのおかげであります。
誠に深く感謝申し上げます!!
ありがとうございます!!



私はもともと日本文化が好きで、仕事も着物業界です。

着物について記事を書くというのは、予想以上に難しいことでした。
しかも、多くのブログの先輩方が着物について書かれていますから、
おもしろいものを書かない事には、当然誰も読んでくれません。
政治の記事についても一緒です。

着物や日本文化の現状日本の政治の現状は、実はリンクしています。
ですから、着物の記事を書くことは、日本の政治の為
保守政治の記事を書くことは、伝統文化を守る事ではないかと思い
ブログをはじめさせて頂きました。


「君のブログがどれだけ影響力があるんだね?」
「その割りには、全然、面白くないぜ」

そりゃあ、ごもっともです。
何の力もございません。


しかし、「小さな力でも何か行動を起こさないと」と私が思う事がありました。




皆様の記憶にも新しい、昨年の衆議院選挙です。
日本の歴史や文化、家族の絆、治安などを脅かす政権が出来てしまいました。

仮に、自民党割がおかしくて、割がまともだとします。
それが政権交代して
割がまともで、割がおかしい民主党が政権を取ってしまったのです。

私は元来、保守思想で自民党の復活を期待していましたし、
それにかわる真の保守政党の誕生をも望んでいました。

しかし実際私は、ただの傍観者でした。
やった事と言えば、政治ブログの応援クリックくらいです。


自民党がどんどん汚染されていく様を

マスコミが偏った情報を流していく様を

それによって国民が汚染されていく様を

子ども達の未来がどんどん暗くなっていく様を

日本の文化や心がどんどん失われていく様を


私は、ただ黙って傍観していたのです



政権交代が起こり
「これはさすがに、アカン!!」
「何ぼ何でも、これはおかしい!!」
と思いました。

しかし思ったところで、後のまつり・・・

本当に悔しくて、情けなくて、自分の無力さにもウンザリでした。


秋には、再起を目指していた国士が急死。
大ショックでした。
政治家が亡くなって、初めて泣きました。



もう、自分にできる事をやるしかない。

それが私の場合「ブログ」だったのです。
仕事が忙しくても自分のペースで出来ると思いました。




多くの国民は政治に無関心です。

国民の政治への無関心が、責任感の無い自民党を作り
民主党政権を生み出した。
これは、間違いのない事実です。
誰がなっても一緒だよね~
ホントしっかりしてもらいたいよ政治家には~
じゃあ真剣に選んで選挙に行ったのかと言えばそうでは無い。

もう誰でも無理だから、あとは豪腕の小沢しかいないぜ!!」
ここまできたら、もはやオカルトです。

そのうち民主党は駄目だから、やっぱり自民党が良いとか言い出しかねない。
それは急を要する、闇法案の阻止にはなります。
しかし、長い目で見るとそれは根本の解決になっていません。
第二、第三の民主党が出てくるだけです。

国民が怠慢を止めなければ、何も変わらないのです。
進行した虫歯は根っこから抜かないといけないのです。



話は脱線しましたが、

伝統文化や着物が大好きな、みなさま
日本の未来を憂う国思う、みなさま


拙い文章のブログですが、

今後ともよろしくお願いします。
                               ヨシツネ




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本日、最終日!!

$子どもへ伝えるもの


9月10日をもって島津義広氏の人気ブログ「博士の独り言」が
人気ブログランキングの参加をおやめになられるそうです。


一時は30万ポイント以上を獲得されたりした、モンスターブログです。
まして、保守ブログながら総合1位に輝くなど、雲の上のような存在です。

4年間無休で1日2回エントリーされ
(僕など2日1回も出来ずヒーヒー言っていますが(笑))
体調を壊され入院中でも、更新なさる姿には頭が下がる思いです。

ブログ自体は続けられるそうですが、
僕と「博士の独り言」との出会いは人気ブログランキングのサイトからですから、
島津氏がおやめになられるのはとても寂しいものです。

「博士の独り言」は品があり、言葉づかいも丁寧ですし、何よりも読者を大事にされています。
そんな島津氏の低姿勢で真摯な記事に共感した日本人が多かったのも理解出来ます。
僕もその一人ですから。



「博士の独り言」でいつも出てくる大好きな言葉があります。


事実を指摘する批判は「悪口」ではなく、真実を掘り出し
真実を共有するために不可欠です
正論は真実から生まれ、良識の声は必ず力になる



度重なる困難を乗り越えてこられた島津氏のお言葉です。


「博士の独り言」に今までの勉強させて頂いた感謝の気持ちで
小ブログの記事にさせて頂きました。
ありがとうございました。
そして島津氏の今後の国思う諸活動の益々のご発展を心より祈念いたします。


「博士の独り言」に最後のエールを!!

http://specialnotes.blog77.fc2.com/






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お母ちゃんと「小さな芽」

                  父と歩くバージンロード
$子どもへ伝えるもの

最近は晩婚化にともない、共働きや、ある程度の収入がある為か、
結婚式を華やかにするカップルが増えてきているそうですね。

バブル崩壊後は、「地味婚」と呼ばれ親族だけで式を挙げるカップルが増えてきました。
「1回きりだし、もったいない」
この状況は今も変わらないのですが、せっかくの結婚式だから少しでも華やかに
しようとする若者が増えているのも確かです。

そもそも結婚式は他人同士だった両家が親族になるわけですから、
「ご両家の為」にあります。
もちろん女性にとって、子供の頃から夢見た憧れの花嫁さんですから
「女性の為に結婚式を挙げる」意味は大きいでしょう。

子育てというのは、本当に大変なものです。
楽しいことばかりではないですし、子供から文句を言われる事もあります。
しかし、両親はそんな時も愛をもって、時には厳しく、時には寛大に子供を育てます。
それは、とても根気の要ることなのです。

そんな手塩にかけて育てた娘が、嫁に行く。
それは、両親にとって、とても感慨深い瞬間です。
「いよいよ、そんな歳になったのか・・・・」
寂しいやら、うれしいやら複雑な気分です。


嫁にやりたくないけど、そんなわけにもいかない。
それほど、愛をもって育てたものです。

そんな時に、娘から言われます。
「彼氏は今はフリーターなんだけど、自分の夢があって追いかけているところなの。
それで、結婚式は親族とかウザいから、ハワイで二人で挙げようと思うの。
でも、お父さん、私たちお金が無いから結婚費用出してよ、お願い」

父「・・・・・・・・・・・・・??」

母「お父さん、もう私たちのような時代じゃないんだから、いいんじゃないの?
彼らの好きなようにさせてあげましょうよ」

父「・・・・・・??・・・・・・・」



まあ、本当に愛をもって育てたのであれば、上記のような娘には育たないでしょうけど(笑)



結婚式の披露宴の新郎新婦入場などで歌われる
「長持歌(ながもちうた)」というのをご存知でしょうか?


それは、嫁入りの日。家族や親族総出で、花嫁さんを駕籠に乗せ
みんなで嫁入り先までお送りする時に、みんなで歌う歌なのです。

長持とは昔の嫁入り道具で
箪笥のような家財道具です。

先述の記事で、桂小五郎が新撰組から逃れるために隠れた場所も長持でしたね。


歌詞がとても感動するのでご紹介します。
秋田長持歌です。





蝶よ花よと 育てた娘 
今日は 他人の 手に渡す

さあさお立ちだ お名残おしや
今度来る時ゃ 孫つれて

傘を手に持ち さらばと言うて
重ね重ねの いとまごい

故郷恋しと 思うな娘
故郷当座の 仮の宿

箪笥長持 七棹八棹
あとの荷物は 馬で来る




どうでしょうか。僕は「花や蝶よと育てた娘」でノックアウトです。しょぼん

いとまごい」というのは「別れの挨拶」という意味です。

何回も何回も、名残惜しむように「いとまごい」するのです。


そんな愛に包まれた娘は、やはり「嫁に行く覚悟」きちんと出来たのでしょうね。




ここからは僕の知人のマチコさんという女性のエピソードです。
その方はもう70歳近いのですが、とても考え深い話でした。

「そりゃあ、結婚生活って楽しいことばかりじゃなくて、何回も逃げたくなりました。

一回、私が若い時に結婚生活が嫌になって、実家に帰ったことがあるんです。

夜中に実家の玄関をノックしてお母ちゃんのところに帰ったんです。

やっぱり懐かしいお母ちゃん、優しくて甘えさせてもらいました。

いろいろ慰めてもらって次の日には、やっぱりがんばろうと思って

大阪に帰りました。

帰ってもやっぱり結婚生活は大変で、何とか何年か生活していたある日、

私とお姉ちゃんと話している時に、お母ちゃんの話になったんです。

「あんたが夜中に帰ってきたあの日から、風で玄関がガタガタ鳴るたびに

お母ちゃん、もしかしたら、マチコがまた帰ってきたんじゃないかって

何回も玄関に走るのよ。あれからずっとなのよ。」

私はその話をお姉ちゃんから聞いて、泣きましたよ。。。。

お母ちゃんゴメンね。。。。

お母ちゃんはいつまでたっても自分のお母ちゃんなんや。

私の事を心配してくれている。

そんなお母ちゃんに「二度と心配かけたらアカン」って思いました。

あれからは、何かが吹っ切れたように結婚生活をがんばれました。」




この知人の話を聞いて、僕まで感動した事を覚えいます。


蝶よ花よと 育てた娘
今日は 他人の 手に渡す
重ね重ねの いとまごい
故郷恋しと 思うな娘
故郷当座の 仮の宿



長持歌に託した、両親の想い。

長持歌を歌わなくなった現在でも、その精神を大切にしたいですね。


今、若者から日本が変わりつつあります。

結婚式が華やかになり、神前式が増えているのもそういった
日本の心が少しづつ復活している証拠ではないのでしょうか?

政治に対しても、地域に対しても、家族に対しても
少しづつですが変わりつつあります。

「文句ばっかり言ってても仕方無い」って、
「このままで、いいわけ無い」ってね。





今は、小さな小さな芽かもしれません


僕らの生きている間に、その花は咲かないかもしれない


しかし、子どもたちの代には、必ず大きな花を咲かす事でしょう


だからこそ、その芽を大切に想うのです


「蝶よ花よ」と育てたいのです




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慶祝 悠仁親王殿下 御誕生日

                慶祝 悠仁親王殿下 御誕生日
$子どもへ伝えるもの



            心より親王殿下の御誕生日を慶祝申し上げます。







昨日9月5日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」にて


宮崎哲弥氏
「保守政治が保守する国柄は、どのようなものだとお考えですか?」


平沼赳夫氏
「我々は保守の立場ですから、守るものは守る、革新するところは革新する、でも守らなければならない一番大切なのは、天皇様です。それが私どもの究極の目標です。」
  


民放でまともな放送する番組は珍しい。
民放ならではの問題もあるが、個人的に応援していきたい。

そして、たちあがれ日本代表の平沼氏の毅然とした態度には、感動いたしました。



僕が思うに皇室が2670年もの間続き、ほとんど時代で皇室は権威として
日本に存在してきました。
権力ではありません。
ですから、武家政権になろうとも民の心のよりどころは皇室でありました。
戦後、日本がこれだけ復興できたのも国民の心の支柱(皇室)があったのも大きい。


本日はおめでたい日です。

したがって短稿にて、失礼いたします。








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日本の「すみません」とは?


日本はよく「謝る文化」だと言われます。
「ごめんなさい」
「すいません」
「申し訳ありません」


確かに、日常でよく使いますよね。

歳を取れば取るほどほど「ごめんなさい」と言えなくなると言われますが(笑)
日本人ほど「謝る」文化がある国は確かに無いかもしれません。
だから、外国人から見たら、「何でそんなに謝るねん!!」と思われています。
明らかに文化の違いなのですが、海外で「謝る」という事はよっぽどの事なのです。



本日は「すいません」ついてのうんちく(笑)を書いてみます。



「すいません」は色んな意味があります。
謝罪の意味、感謝の意味、依頼の意味があります。
これを僕たちは自然とシチュエーションによって使い分けています。


すいませんは語源由来は
例えば、「仕事が済む」を打ち消すと「仕事が済まぬ
済まぬ」の打ち消しである「」を「ない」に変えると「すまない」です。
「すまない」の丁寧語が「すみません」という事になります。
ですから「済みません」は物事が終わらない意味があります。

また「澄みません」という意味があります。
「澄む」は「混ざりけの無い、濁りが無い」という事です。
「ない」は打ち消しですので「澄んでいない」様を表します。

ですから「すいません」には上記の「澄む」「済む」の打ち消しの意味が含まれています。
「終了していません」「澄んでいません」ということです。

それは「私の気持ちは収まらない」
   「私の気持ちがはれません」
という事です。

相手に悪い事をしてしまい、
「私の心はこのままでは、心が澄みきらない状態です」という謙虚な気持ちが
謝罪の時に使う「すみません」の意味です。




また「すみません」の次の意味である「感謝の意」ですが
これは相手に何かをして頂いた時に
何もお返しできなくて、私の気持ちがおさまらないほど、ありがたい
というすごい感謝を表した言葉です。

特に外国人にとってこの感謝の意の「すいません」が理解できない。
しかも海外でそのまま「sorry]なんて言ってしまったら
何で謝るんだ?」「素直にありがとうと言ってよ」
「日本人は変だ」
という事になります(笑)



最後の「依頼の意」は英語のexcuse meと同じです
すいませんが、写真を取って頂けませんか?」




さて、日本人は何故こんなにも「すいません」というのか?

以前の記事でも書かせて頂きましたが、日本列島は狭い島国です。
その狭い土地のコミュニティで、他人と仲良くしなくてはいけない環境にありました。
争い合っても何処にも行けませんし、農耕民族ですからみんなで協力し合って生活しなくてはいけなかったのです。

ですから、極端に争い事を嫌います。
自分に非があるとなると、素直に認めて謝罪する。
そうしないとコミュニティでは生きていけなかったのです。

お互い信頼関係をしっかり構築して生活していました。

この度は、ご迷惑をおかけしまして、すいません
            ↓
いや~こっちの方こそ言い過ぎましたよ
            ↓
まあ、今回の事はお互い水を流してさ~・・」となる。
揉め事が大きくなる前に収まってきたのです。



もうひとつ日本人は「YES]「NO」をはっきり言わないと海外から言われます。
それも、僕は「揉め事を嫌う」ことから来ているんだと思います。


日本人はお互い信頼関係を築いてきました。
コミュニケーションも相手が理解してくれる事を前提に行われてきました。
日本語にあいまいな表現が多いのは、はっきり言わなくても相手が
「自分の言葉の真意」を汲み取ってくれるであろうという前提があるからです。

例えば「おまえは嫌いだ」とはっきり言わない事から、揉め事を回避してきました。
ですから、日本語には同じ単語でも意味がたくさんあるのです。
日本語は少ない言葉で、多くの心を伝えることが出来るのです。



「潔く謝る」「はっきり言わない事」は日本では美徳とされてきました。
それはどちらも、他人とお互い信頼関係があってこその美徳です。
「お互い未来へ良い関係を築いていこう」という意思があってはじめて
美徳として成り立ちます。





これは、もちろん海外では通用しません。
まして、政府の外交などでは通用しません。


先日、日韓併合から100年の節目に「菅談話」というものが出されました。
ブログ諸兄の皆さまはご存知ですが、日韓併合は国際法上まったくの合法です。
日韓併合自体、朝鮮側からの熱烈な要求があっての話です。
朝鮮半島に日本が残したものを、誇張も無く事実だけ見ても謝る事は
一切何もありません。

当時の国際状況を調べればすぐわかる事です。
史実はどんなに偽っても、変わりません。

「感謝されても」「謝罪する」必要は一切ありません。

ですが、「潔く謝らない」ことは日本の美徳に反する事が邪魔をします。
その美徳が原因で、日本政府の謝罪に反対する日本人は、
日本人から「器の小さい奴だ」と見なされてしまいます。

これってすごくおかしなことです。

謝罪するようなことがあれば素直に謝罪すれば良いと僕は考えます。
しかも、日本政府が百歩譲って「謝罪」という形をとっても
相手は「日本の謝罪の真意」を汲み取ってくれないでは無いか。

それは、相手が日本を信頼しようとする意思が無いからです。

かたや相手の国は歴史を捻じ曲げ、反日教育を国家をあげて子供に教育しています。
そもそも、信頼関係を構築しようとする意思が無いではないか。

その相手に対して、何度も謝罪しても真の意味での信頼関係は築けない。
普通に考えても分かることです。



民主党の政治家は、普段先生と呼ばれれる存在です。
国民の代表である政治家が無知であるとは思いたくないです。

ですから、分かっていて謝罪をしているのです。
ここが一番の問題です。
例え謝罪しても、子ども達の未来に禍根を残し、
国家間の未来にも建設的で無いのです。

それが、国民の代表である民主党の先生方が強行してしまいました。



謝罪が生まれると当然、保障問題という事になります。

まさしく自分たちの利権の為に、子どもたちの未来を外国に売ることです。
国を売る背信行為です。

しかし、日本では菅談話反対や朝鮮学校無料化反対などする人は、
心の狭い人と見なされてしまいます。批判する人に限って、歴史に無知です。



本当に子ども達の未来の為や真の国際協調の為にどうするべきか!?
これが一番大事な問題です。




「潔さ」「はっきり言わない」という日本人同士での美徳が、
国際社会では美徳ではありません。
それを分かった上で、シチュエーションに応じて言葉や態度を
選んでいく必要があります。


まずその事を、僕たち国民が認識しなくてはいけないのでは無いでしょうか?

政治家はあくまで僕たちの国民の代表者ですから。


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和紙と母のぬくもり

                         和紙
$子どもへ伝えるもの


最近は忙しくて、なかなかゆっくり読書が出来なくなりました。
でも、読書は楽しいものですよね。

久しぶりに昔の本を本棚から引っ張り出すと
日焼けで黄色く変色してしまってます。

みなさんも、そんな経験無いでしょうか?

普段使っている洋紙は、植物以外の原料が入っているので
紫外線で黄色くなってしまうのです。

洋紙に多い酸性紙は黄色くなるどころか、最後にはボロボロに朽ちてしまいます。


しかし、和紙の多くはボロボロになるどころか、黄色くもなりません。
まして、紫外線を受けると黄ばむどころか白くなります。



なぜでしょうか?

それは、和紙は植物だけの原料で出来ているので
なんと1000年経ってもほとんど見栄えは変わりません。

現存している和紙は古く、西暦702年までさかのぼります。
正倉院に当時の戸籍が残されているのです。

和紙は1300年以上経ても残ることが分かります。
そして、世界最古の紙の印刷物は
西暦770年の百万塔陀羅尼です。


$子どもへ伝えるもの

なんと奈良時代に鎮護国家を祈願する為に
右の写真の塔を100万基作り
その中に印刷した100万巻の陀羅尼(印刷物)を入れました。

現在でも塔は4万基ほど残っているそうです!

しかし100万枚を印刷しようと思うと
機械の無い時代では、現代人もお手上げですね(笑)
すごいですねぇー!!



和紙の原料は、
楮(こうぞ)三椏(みつまた←日本のお札の紙)
麻、雁皮(がんぴ)、檀(まゆみ)などです。

洋紙に比べ繊維がしっかりしているので、和紙は非常に頑丈です。

しかも、和紙を漉き直しが出来るのです。
だから、日本ではリサイクルという言葉は無くとも
昔から、当たり前のように和紙は繰り返し使われてきました。

和紙は植物なので当然そのうち土にかえります。
過去の記事でも書きましたが
日本には「一から始まって、また一に戻る」物が非常に多いです。

形を変えて使えるだけ使っても、あとは元に戻る。
自然を愛してきた日本人の心が溢れています。



谷崎潤一郎曰く
「紙というものは支那人の発明であると聞くが、
我々は西洋紙に対する単なる実用品という以外に何の感じもおこらない
けれども、唐紙や和紙の肌理を見ると、そこに一種の温かみを感じ心が落ち着くようになる
同じ白いのでも、西洋紙の白さと奉書や白唐紙の白さとは違う。
西洋紙の肌は光線をはね返すような趣があるが、
奉書や唐紙の肌は柔らかい初雪の面のようにふっくらと光線を吸い取る。
そして、手ざわりがしなやかであり、折っても畳んでも音を立てない。
それは木の葉に触れているのと同じように物静かで、しっとりとしている。」



僕が思うに「実用性」は確かに大事です。
でも、現在では実用性だけ求めてしまう傾向にあります。
それは自然を破壊するだけですし、
また、人との絆を失くし、最後は心まで失くすような気がします。

大げさかもしれないですが、
日本人は必ず「実用性」と「美しさ」と「心」を
使う物に求めてきました。

例えば
母から貰った「着物」

おじいちゃんの「時計」

おばあちゃんの「箪笥」


長く使えるものには、必ず使っていくうちに
その人の「心」が宿ると思うんです。


「これは、おばあちゃんのだから捨てられないや」

「なんとか、利用する方法が無いかな・・」

「親として子供に何を残せてあげられるかな・・」


そんな想いを子供は感じ取り、大人になる。
それが日本では連綿と受け継がれてきました・・




また、
日本経済の事も考えて買い物してみる。
どうせお金を使うなら、安い外国製品を買わない。
せっかく使ったお金が海外に流れてしまうからです。

物を購入するにしても、
どうせなら自然に優しいものを選ぶ。
長く使えるものを選ぶ。
芸術性の高いものを選ぶ。

大型スーパーで買うなら、個人店でなるべく買うようにする。

良いもの作る日本の職人さんやメーカーさんも日本人です。
彼らが廃業するという事はそれだけ日本経済はダメージです。

安価な製品を購入する事自体は、否定はしないですけれど、
結局それが日本経済を駄目にしているように思います。

みんなが国内企業にお金が回るように買い物をするだけで
日本経済はデフレから脱却できます。

「価格だけじゃ売れない」となると、海外に工場を持つ日本の企業は
必ず日本に帰ってきます。そこで、必ず雇用が生まれます。

雇用が所得を生み出し、また消費に回る。

いつも購入している商品や食べ物
保険会社や外食店などのお店までちょっと調べてみる。

そこから、必ず見えてくるものがあります。




どうせお金を使うなら

「ちょっとでも安いもの」から

「ちょっとでもみんなの為になるもの」へ



そんな一人ひとりの心がけが、素敵な日本を護る事になります。

素敵な日本を護るという事は、

僕たちの生活が守られるということではないでしょうか。

和紙を眺めていると、そんなふうに僕は思います




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