世阿弥と教育のお話

                       春日大社
$子どもへ伝える大切なもの


日本舞踊の世界では、同じ曲でも流派によって振り付けは変わります。
同じ流派では、昔からずっと振り付けは一緒です。
去年と今年で変わる事はありません。

踊る人が変わっても、振り付けは同じです。
お師匠さんも同じ振り付けを覚えさせます。

生徒が新しい曲のお踊りを覚える時は、ひたすら型を覚えます。
師匠が踊るとおり、間もスピードも動きもすべて真似します。

「田中さんは明るい性格だから、ここの振りをこう変えよう」なんてありません。
皆一緒の動きをします。また、一緒になるよう指導されます。

しかし、不思議なことに舞台に登る頃になると個性が出てくるのです。
同じ振り付けなのですが、田中さんは田中さんの個性が滲み出ます。
それは佐々木さんも、東川さんもそうです。

生け花の世界も一緒です。
展覧会など行くと、その人らしい生け方をしているのです。
でも、流派のルールはちゃんと守っている。

この辺がヨシツネは非常におもしろいと思うのです。

これは「守破離」(しゅはり)という考え方からきていると思います。

能の世阿弥が「風姿花伝」で守破離という言葉は使われていないのですが
守破離の原型の考えが書いてあります。

この考えは武道や芸道の場で使われてきました。

『守』とは
道に入った者は、まず師匠の教えるとおり型を素直に学びます。
多くの話を聞き、所作も真似します。
そして指導者の価値観も学びます。
技法だけでなく、礼法もきっちり学びます。
この段階では、師匠の言う事はすべてYESです。

『破』とは
体に習得した型に疑問を持ったり、工夫したくなる段階です。
この時点ではもう初心者ではありません。
色んな試行錯誤をして、基本の型の上にアレンジを加えていきます。
しかし、多くは師匠の型の偉大さに改めて感じる事が多いようです。
それを踏まえた上で、さらに自分の型を工夫していきます。
あくまで師匠の基本がベースです。

『離』とは
型に囚われず自由な境地の段階です。
独自の道を追求していきます。
それは師匠から離れる事でもあり、新たな道の始まりでもあります。


こうして武道や芸道は伝統を継承すると共に発展させてきました。
離』の段階に至ったとしてもそれはゴールではありません。

終わり無き「道」の始まりです、そしてよりその人を成長させる段階に入ります。



この守破離の考えは、守破離という言葉は認識しなくても
永らく日本社会に浸透してきました。

学校や仕事や芸術の世界でもです。

小学校の授業では、読み書きそろばんは飽くなき反復練習です。
算数の公式をたとえ理解したとしても、何回も問題を解いていく事が一番身に付きます。
その基礎があるから応用問題も解けるようになります。

僕が思うには、人生での初期段階(小学生)くらいの時期は、
「守破離」で言えば「守」の段階です。

この時期こそ徹底的に基礎を教えこまない事には、人の発展は無いと思うのです。
国語、算数、歴史、理科、社会、道徳、体育問わずです。

「個性が大事」とか「子どもの人権、権利が大事」とか良く叫ばれますけど
本当にそうなの疑問に思います。

人としての道を学ばなくて、日本語の理解なくして
基礎は形成されないと思うのです。



伝統技術の世界では、後継者不足に悩まされています。
就職者は増えているそうですが、育たない、辞めてしまう事が多いそうです。

おもしろ半分に世界に飛び込んだけど現実は厳しく耐えられないのです。
伝統工芸士の世界では、12年以上の実務経験年数を有さないとなれません。
したがって、自分の技術でお金を稼ぐようになるのには
最低12年かかるという事です。

それまでは師匠に学び、お小遣い程度のお金をもらって技術を学びます。
しかし、みんなこの時期に辞めてしますのです。
基礎である「守」が我慢できないのです。


また、町工場のような中小企業でも後継者不足と高齢化に悩んでいます。
世界最先端の技術、そして日本経済を支えてきた技術を持ちながら
廃業する企業が後をたちません。

その技術力を支えてきた人材育成の「守破離」サイクルが機能しなくなっているのです。
「これではイカン」という事で外国人を雇ったり、工場を外国に移転させてりするようになってきています。海外移転は大企業ばかりではありません。中小企業の余裕のあるところ(まだ元気な)ところはどんどん海外に移転しています。
しかし、外国人に日本の国の為には働いてくれません、あたりまえですが。
結局、日本の経済を支えてきた先端技術が海外に流れていくのです。

ある金型の企業が中国に移転した話があります。
移転先の工場で現地人を採用して育てようとする日本の技術者がいました。
何年も中国人に技術を教え、やっと使えるようになった時
突然会社を辞めて、ライバルである中国企業に寝返ってしまいます。

日本の技術者は大変落ち込んでしまいました。
しかし、中国人は別に悪いと思っていません。
国民性の違いを理解していなかっただけです。


民主党などが労働力が足りないからと言って
外国人移民1000万人受け入れ」を推し進めています。
それはまったくナンセンスな法案であると思います。
拝金主義の経団連の動きにも要注意です。

しかし、じゃあ日本人は一体どうなんだという話になってきます。
嫌な仕事はやりたくない、しんどい事はしたくない。
でも、権利や給料はしっかり主張する

これでは、戦後苦しい時代に一生懸命働いてきた経営者には
まじめに働いてくれる(特ア除く)一生懸命な外国人の方が教え甲斐があります。

円でお給料をもらえるという事はアジアの人々にとっては大金です。
そりゃあ、喜んでまじめに働きます。

その辺を日本人は理解しておかなくてはいけないと思います。

政府も、移民政策が外国でみんな失敗している事を認識しているのでしょうか。
派遣社員や外国人の採用は、あくまで一過性の話です。

長期的に見れば、日本の経済は壊滅してします。
それは、未来の資産を今食いつぶしているに過ぎないのです。

もっと長期的に日本人の勤勉さを取り戻す教育改革や
先端技術の海外流出を防ぐために、知的財産権の保護や
企業の海外流出を防ぐための税制優遇や支援策を打ち出すべきです。



「守」「破」「離」

子どもの時からの鍛錬しかありません

それは心を養う事でもあるのです

それは600年以上も前に

世阿弥が感じていた事でもあるのです




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花魁(おいらん)恋物語と「あたり前田のクラッカー」

    
子どもへ伝える大切なもの

      このたびは 幣もとりあへず 手向山
                    紅葉の錦 神のまにまに
                                   菅原 道真公




本日は日本の伝統色についてです。
世界で最も長い歴史のある日本には、とても多くの色があります。
草木から抽出した、落ち着いた色目が心を和やかにさせてくれます。

日本語の表現も世界一ですが
色を表現する数も世界一です。

特にグレーは
百鼠(ひゃくねずみ)と言うくらいですから非常にたくさんあります。
名前がひとつずつある様に、昔の日本人は使い分けていたのでしょうか?
それは、スゴイことですよね。


500色近くあるそうですが、
ヨシツネの好きな色を並べてみました。
少しご覧になってください。

じっくり眺めると、癒されます(笑)

夏虫色(なつむしいろ)
由来など:蝉の羽の色を表現した重ねの色目

萌葱色(もえぎいろ)
由来など:ネギ(葱)の芽の萌え出たような色、歌舞伎の定幕色の萌葱はこの色

撫子色(なでしこいろ)
由来など:植物の撫子に似たやわらかい色

茄子紺(なすこん)
由来など:ナス(茄子)の実のような赤みの紺

柳鼠(やなぎねず)
由来など:柳の緑を含んだ鼠色

国防色(こくぼうしょく)
由来など:旧日本陸軍の軍服の色

黄金(こがね)
由来など:そのまま黄金色

瓶覗(かめのぞき)
由来など:藍染で一番薄い色、染液をためておく「藍瓶」に少しだけ浸けて染めた色

若草色わかくさいろ
由来など:芽を出し始めた若草のような色

鶯茶(うぐいすちゃ)
由来など:うぐいすの背の色、褐色がかった灰みの黄緑、浮世絵によく使われた

牡丹鼠(ぼたんねず)
由来など:鼠色に、牡丹色を混ぜた色

茜色(あかねいろ)
由来など:茜草の根で染め重ねた濃い赤、または夕焼けの真っ赤な色

今様色(いまよういろ)
由来など:紅花ので染めた濃い色、平安時代の流行色、源氏物語に出る

珊瑚色(さんごいろ)
由来など:珊瑚の色に見るやや黄身がかったピンク色

躑躅色(つつじいろ)
由来など:躑躅の花の色

常磐色(ときわいろ)
由来など:常磐松の深い緑色

菖蒲色(しょうぶいろ)
由来など:ハナショウブの花の色

銀鼠(ぎんねず)
由来など:わずかに青みがかった淡い鼠色

黄檗色(きはだいろ)
由来:キハダ(黄蘗)の樹皮で染めた色、染めた紙は防虫効果がある

黒紅(くろべに)
由来など:紅色に檳榔子の黒を足した色

真赭(まそほ)
由来など:天然の朱・辰砂の色

利休茶(りきゅうちゃ)
由来など:千利久好みの茶色、実際の千利休が好んだ色では無い

褐色 (かちいろ)
由来:褐を勝に置き換え縁起をかついで武具の染色などによく利用された


どうですか?癒されましたか?
日本人にとって落ち着く色なのでしょうね。

ヨシツネも色辞典をボーっと眺めて時間を忘れたくらいです。



上でご紹介した瓶覗(かめのぞき)という色で、素敵なお話があります。

紺屋高尾(こうやたかお)というお話で
古典落語、浪曲などの演目で使われています。

以下wiki引用

神田にある紺屋に勤めている染物職人、久蔵。11の年から親方に奉公して、26となった今でも遊び一つ知らず、まじめ一途に働く好青年だ。その久蔵が、なぜか三日前から患って寝込んでしまっている。心配になった親方の六兵衛が尋ねてみると、返ってきた答えはなんと「お医者様でも、草津の湯でも…」。

「恋わずらいか!?」

親方仰天。詳しく話を聞いてみると、三日ほど前に友達づきあいで吉原に行き、話の種だからと「花魁道中」を初めて目にしたという。その時目にした高尾太夫のこの世のものとも思えない美しさに魂を奪われ、それから何を見ても高尾に見えるようになってしまった。あんな美人と一晩語り明かしてみたいが、相手は「大名道具」と言われる松の位の太夫、とても無理だ…と、帰ってきたとたんにがっくり来て、寝込んでしまったのだというのだ。

唖然とした親方だったが「このまじめ一徹の男に、面と向かって『駄目だ』というとかえって変になってしまう。ここはひとつ、久蔵の願いをかなえてやろう」と思い直して、「いくら太夫でも売り物買い物だろ? 俺に任せておけば会わせてやる」。

さすがに最高位の花魁だけあって、高尾を座敷に呼ぶのにはどう少なく見積もっても十両はかかる。久蔵の給金の三年分だ。しかし、それを聞くと希望が出たのか、久蔵はにわかに元気になった。

それから三年というもの、久蔵は一心不乱に働いて、入ってくるお金はすべて貯金に回した。その結果、三年たったころには彼の貯金は十両を通り越し、十三両近くにもなっていた。このお金を持って、遊びに行ければいいのだが、何せ相手は最高位。突然乗り込んでいっても会えるわけがない。そこで、親方の発案でお玉が池の竹内蘭石という医者を案内役に仕立てることにした。この先生、腕の方はアヤフヤだが、遊び込んでいてなかなか粋な人物。早速呼んで教えを請うと、予想通りいろいろとアドバイスをしてくれる。

「いくらお金を積んでも、紺屋職人では高尾が相手にしてくれません。そこで、久蔵さんを流山のお大尽(金持ち)に仕立てて、私がその取り巻きということで一芝居打ちましょう。下手なことを口走ると紺屋がバレるから、何を言われても『あいよ、あいよ』で通してください」。

帯や羽織もみな親方にそろえてもらい、すっかりにわか大尽ができあがった。先生のおかげで無事に吉原に到着し、高尾に会いたいと申し出るとなんと高尾が空いていた!しかも、高尾自身も「大名のお相手ばかりで疲れるから、たまにはそんな方のお相手がしてみたい」と言っているんだとか…。

さて、三浦屋。久蔵が高尾の部屋でドギマギしていると高尾太夫がしずしずと登場。少し斜めに構えて、煙管で煙草を一服つけると「お大尽、一服のみなんし」。松の位の決まりとして、初会では客に肌身は許さないから今日はこれで終わり。花魁が型通り「今度はいつ来てくんなます」と訊ねると、感極まった久蔵は泣き出してしまった。

「ここに来るのに三年、必死になってお金を貯めました。今度といったらまた三年後。その間に、あなたが身請けでもされたら二度と会うことができません。ですから、これが今生の別れです…」。

大泣きした挙句、自分の素性や経緯を洗いざらいしゃべってしまった。流石は最高位の花魁。高尾の方も、久蔵の指先を見てそのうそに気がついていたらしい。怒られるかと思いきや、高尾はなぜか涙ぐんだ。

「源・平・藤・橘の四姓の人と、お金で枕を交わす卑しい身を、三年も思い詰めてくれるとは、なんと情けのある人…」。

自分は来年の三月十五日に年季が明けるから、その時女房にしてくんなますかと言われ、久蔵、感激のあまり泣きだした。

お金をそっくり返され、夢うつのまま神田に帰ってきた久蔵は、それから前にも増して物凄いペースで働き出した。

「来年の三月十五日…あの高尾がお嫁さんにやってくる」、それだけを信じて。

「花魁の言葉なんか信じるな」なんていう仲間の苦言も何のその、執念で働き通していよいよ「来年の三月十五日」…。

本当に高尾がやってきた。久蔵、「ウーン…」と失神。その後、久蔵と高尾が親方の夫婦養子になって跡を継ぎ、夫婦そろって何とか店を繁盛させたいと、手拭いの早染め(駄染め)というのを考案する。その速さと粋な色合いがブームとなり、通称「かめのぞき」と呼ばれるようになった久蔵の店は大繁盛することになった。



引用おわり************************************

久蔵の繊細な心が、周りの人の心を動かし
高尾の心も動かしました。
素敵なお話ですよね。
だから、多くの日本人に受け入れられてきたのでしょう。


この日本の色、和名がもっと使われるようになれば
日本人の心も豊かになるのではないでしょうか。
それは自然をもっと身近に感じることかもしれません。

繊細な表現は日本人の特性です。
最近はすぐ白黒決めつける世の中になってしまいました。

世界はもっと多様であるし、一言では言い表せない事の方が多いです。

マスコミから流れてくる情報は、単純な白黒の話ばかりです。
それをおもしろ可笑しく騒ぎ立てる。

いつからこんな単純な日本人になってしまったのでしょうか。

情報が溢れている現代こそ、もっと国民は情報に対して深く思慮していかなければなりません。

三宅久之氏が当たり前の事を言っていた。
「政治家の質が悪いというけれども、政治家を選んだのは国民じゃないか、だから国民と政治家はパラレルなのです。国民が優秀で政治家が馬鹿というのはありえない、その逆もありません。大体同じレベルなんです。テレビや新聞も一緒なんです。」

すごく当たり前ですが、確信を突いています。

マスコミが民主党を担ぎ、マスコミに形成された国民世論が後押しして政権交代しました。
実際に政権を担当させてみると「こりゃだめだ」という事で、またマスコミと国民が批判する光景を見て、正直うんざりな人も多いことでしょう。

民主党の中身が空っぽである事は、すでに分かっていた事ですから。

みんなの党が人気を集めていますが、政策で納得しているなら良いです。
構造改革路線を支持しているという事ですから。
しかし、本当に政策で支持している人がどれだけいるか甚だ疑問に思います。

もうそろそろ、地に足をつけて考える時がきているのではないでしょうか。
刻々と時間は過ぎ去っています。

伝統と歴史を未来へ繋げていくために。



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「衆院解散、ネットデモ」



茶道の心と「三献の茶」のおはなし

                        千利休
子どもへ伝える大切なもの


本日は茶道の心についてのお話しです。


茶道の世界からは、みんなが知っている「一期一会」という考えが生み出されました。
「一期一会」というのは、一瞬で過ぎ去ってしまう時間は二度とやって来ない。
だから、その時間を共に大事にし精一杯のおもてなしをしよう
(そういうつもりで人と接しなさい)という事です。



「おもてなし」
これは日本ならではの言葉です。


「ホスピタリティ」とか訳したりもしますが、少し違うように僕は思います。
的確な言葉は外国語には存在しないように思います。


おもてなしという言葉は、日常でもよく使われています。
あの旅館のおもてなしは凄い」とか
「我々はおもてなしの心でサービスする」などです。

相手の気持ちになって、思いやる気持ちで」おもてなしをする。
この精神は日本ではすごく浸透しています。

ホテルや旅館、レストランはもちろんの事ですが、
我が家にお客様をお迎えする時でも、おもてなし精神が生きています。
ヨシツネは日本流の「おもてなし」によるサービスは世界一だと思います。

よく海外に行って、ホテルの質や従業員の質にがっかりする事がありますよね。
☆が何個もついてても、「本当に4ッ星?、これで?」
何て事もザラです。

でも、海外ではこれらが普通で、日本のサービスが良すぎるんだと思います。
ですから、「日本流のおもてなし」は世界から今注目されています。

例えば、コンビ二の店員でも笑顔で会釈して「ありがとうございます」。
こんな国は世界中探しても珍しいです!?





「おもてなし」について有名な話に、
石田三成の「三献の茶」の逸話があります。
少しご紹介します。

$子どもへ伝える大切なもの


長浜城主となった羽柴秀吉(豊臣秀吉)は、鷹狩りの途中に喉の渇きを覚えて
観音寺に立ち寄って茶を求めたそうです。
三成は、その寺の小姓でした。

三成は、汗だくの秀吉を見て最初に大きな茶碗に
ぬるめの茶をたっぷり入れて差し出しました。

喉の渇いていた秀吉は一気に飲み干しました。
そして二杯目を所望しました。

三成は、一杯目より少し熱いお茶を半分だけ入れて差し出しました。
秀吉は、試しにもう一杯所望しました。

今度は小さな湯飲みに熱いお茶を差し出しました。
秀吉はこの三成の相手を思いやる心に感心しました。

それから、三成は秀吉に召抱えられることになりました。
その後、五奉行の一人となるまで出世しました。



この逸話は「三献の茶」として後世に伝わる三成の「おもてなし」です。



喉の渇いている相手に、熱いお茶を出すと一気に飲めないし
飲めば火傷してしまいます。
だから飲みやすい温度のお茶を出したのです。

その気持ちが、秀吉は嬉しかったのでしょう。
しかも、三成を試すほどその時間を楽しんでいます。

そして最後は熱いお茶を秀吉に楽しんでもらう。
秀吉は、家来に召抱える事で三成に応えています。




話を茶道に戻します。
茶道には「主客一体」という考え方もあります。



主客一体とは、
簡単に言うと、主(ホスト)と客が対等になって、
共にその「空間」と「時間」を楽しむことです。



茶道の世界では、お客様をもてなしする為
綺麗に掃除をし、水をまき、季節のお花を飾り
季節に合う掛け軸をかけるなど「間」をつくる事から始まります。


そんな「気配り」や「おもてなしの心」を、客は感じ取る。


主人からお茶を出される時、器の一番美しい部分を見せながら差出します。
客が器を受け取り、その一服に一礼します。
それは、ただ単にお茶を入れて頂いたお礼だけでなく
主人のもてなす心に、「感謝しております」という心です。


器を回すのは、その美しい器を周りの人に楽しんで頂く為であったり
一番美しい部分をなるべく汚さないようにする為です。




主人は客に楽しんでもらえるよう精一杯おもてなしをする
客はその心を感じ取り、主人を思いやります。


それが「一期一会」であるその「空間」と「時間」を
共に楽しみ、心と心で会話する事ができるのです。



この「主客一体」の心こそ、「おもてなし」の真髄ではないかと思います。



主であるホストの一方的な気配りではなく、共に気配りし合うのです。
いわば、お互い思いやる時間を価値がある事とし、大事にしてきたのが茶道です。


小さな茶室、小さな入り口、肩肘はって窮屈そうに見える茶道ですが
心と心で感じとれば、実は、温かい心が広がっているのです。


この茶道(茶の湯)は、平安時代から長い時間をかけて完成しました。


「主客一体のおもてなし」は、明治、大正、昭和、平成と日本人が意識しなくても
自然と心に根付いていると僕は思います。



しかし欧米的な主人と客を完全に分離した考えが増えてきているのも事実です。
ビジネスにとって「お客様はもちろん神様」はもちろんですが
お店の人と客との垣根は高くなるばかりです。


客は、自分が客であるという事を、とことん主張し
店は、それに応えざるえず、とことん店であろうとする。


それは、良いようで何か寂しい気がします。


客と店という関係が対極になり過ぎて、上で言うような客と店との一体感は薄れてきているように思います。


もちろん高いお金を出して、最高のサービスを受けるのも一つの喜びかもしれません。
それは、とても素晴らしい事です。


しかし、金額関係なく、お店の人とバカ話をしたり
お店の人がちょっとした心配りをしてくれたり
自分の旅行のお土産をちょっとお店の人にあげたくなるような
主と客の一体感のあるお店はもっと素晴らしいです。


個人店の魚屋さん八百屋さんタバコ屋さん文具屋さん酒屋さんが減り、
大型チェーン店が増えているのも原因かもしれません。
また、個人主義の表れであるとも思います。



他人と共有する「時間」や「空間」を共に尊重し、相互啓発していく「茶道」

すでに桃山時代には大成していた「茶道」

考えれば考えるほど、日本ってすごいですね!





「一期一会」と「主客一体」の精神は、
日本人が長い歴史の中で育んできた「宝」です。




あの日、秀吉と三成との出会いの場面を思い浮かべながら

私たちは、心のありようを

過去に学ぶ時がきているのかもしれませんね




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明日、1月17日は、阪神淡路大震災がありました、犠牲になられた方々にご冥福をお祈りいたします

拡散希望 東京都教育委員会の意見募集

                      僕たちの使命
$子どもへ伝える大切なもの

アイコ様のブログから情報を頂きました。


都立高で「江戸から東京へ」科実施へ  日テレニュース
< 2010年12月16日 16:37>
 
東京都は16日、都独自の日本史科目を2年後から都立高校で実施することを発表した。新しい科目名は「江戸から東京へ」。

「江戸から東京へ」科は、通常の歴史事実は網羅しながら、広島・長崎の原爆投下よりも東京大空襲の記述が詳しいほか、「江戸時代の大名屋敷があった場所には今、東京ドームがある」といった特集など、東京を中心とした内容になっている。

都教育委員会は、国の基準では高校の必修科目になっていない日本史を、2年後に全ての都立高校で必修とすることを決めており、「江戸から東京へ」科もそれにあわせてスタートする。

都立高校は各自の判断で「日本史A」か「日本史B」、もしくは「江戸から東京へ」科のいずれかを選択して授業を行うことになる。

引用おわり


12月28日から、東京都教育委員会のサイトでテキスト案が閲覧
できるようになっています。ヨシツネも拝見させて頂きました。

まえがきの文は非常に良い事を書いていたので期待してしまいましたが、
中身は従来の教科書と何ら変わりない東京裁判史観、自虐史観で書かれていました。

期待する僕が馬鹿ですが、新しく検証も行われていないようで残念でした。
満州事変や日中戦争?(支那事変の事?)
南京事件は書くけど通州事件は書かない。
よく分からない記述になっています。

特に大東亜戦争の記述について酷いので、
少し書きたいと思います。

日本は中国を侵略しに行った様に書かれていますが、そんな事はありません。

*当時日本軍は何故、大陸に駐屯していたか?

当時、大陸は清という女真族が治める国家がありました。漢族ではありません。
清は崩壊寸前で、治安はかなり悪化していました。
当時日本人や日本の企業も大陸に進出していました。
今と同じですよね。

そこで「義和団事件」が起こります。
北京などに駐在していた外国人が大虐殺されます。

そして、各国は連合軍を人々を守る為に派遣します
そこで各国は清との間に「北京議定書」を締結します。


各国とは
イギリス、アメリカ、フランス、ロシア、ドイツ、オーストリア、イタリア
ベルギー、スペイン、オランダ、日本の11カ国です。


清だけでは、治安維持が出来ないので
各国が警察の役割を務める事になったのです。


ですから日本軍が大陸に駐屯していたのです。


*盧溝橋事件は日本が起こしたのか?

当時、大陸は戦国時代のようなもので、各地に軍閥や賊などが乱立していました。
その最たるものが、蒋介石率いる国民党軍と毛沢東率いる八路軍(共産党)です。

盧溝橋事件で日本軍と国民党軍が撃ち合い、支那事変として発展していきます。

しかし、盧溝橋事件は八路軍が日本と国民党軍を戦わせる為に起こしました
何故なら八路軍は、国民党軍にやられっぱなしで壊滅寸前だったからです。

ですから、日本は現在の中国(中国共産党)とは一度も戦争はしていないのです。
支那共産党軍の兵士向けのパンフレットには、
盧溝橋事件は我が優秀なる劉少奇同志(後の国家主席)の指示によって行われたものである」とはっきり書かれています。

当の周恩来首相も、昭和24(1949)年10月1日の「中華人民共和国」成立の日に、

あの時(盧溝橋事件の際)、我々の軍隊(共産党軍)が、日本軍・国民党軍双方に、(夜陰に乗じて)発砲し、日華両軍の相互不信を煽って停戦協定を妨害し、我々(共産党)に今日の栄光をもたらしたのだ」と言っています。

日本は不拡大方針をとっていたので、盧溝橋事件後すぐに停戦協定を結びます。
しかし、何回も停戦協定は国民党軍からやぶられ、泥沼化していきます。



*南京事件(南京大虐殺)があったのか?


日本軍が南京を陥落させたのは12月13日です。
当時南京に市民は多く見積もっても約20万しかいなかった。
だから、中国共産党が宣伝するように30万人も殺しようがないです。


$子どもへ伝える大切なものしかも一カ月後の1月14日には25万人に増加しています。
それは、南京の治安がとても良く、人々が南京に集まっていた事が分かります。
大虐殺が行われている様な街に誰が行くものですか。

当時、外国人記者も多数南京に滞在していたが、誰一人として目撃者はいません

国民党が南京陥落直前から約11ヵ月の間に漢口で開いた300回の記者会見でも、
一度も「南京で市民の虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と発表していません。

ですからこれは、戦後に作られた話なのです。
こんな話をデッチあげられて損をする国はどこでしょう?
こんな話をデッチあげて得する国はどこでしょう?


軽く書きましたが、もっと詳しく知りたい方は調べてみて下さいね。

しかし、こんなウソっぱちを子供たちの教科書に記述するなんて
どうかしています。

意見募集という事ですので
僕も意見をメールしましたが、
良識ある皆さんにもご意見のメールをお願い致します。



正しい歴史を教えない事には、教えられる子供達が可哀そうです
真実はひとつしかありません
真実だけで良いのです



「江戸から東京へ」テキスト(教科書)の作成についての意見募集

意見募集の東京都教育委員会のメルアドは、
S9000023@section.metro.tokyo.jpです。

担当課は、指導部高等学校教育指導課です。



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美人・美男子のススメ

                      八百万の神
$子どもへ伝える大切なもの

ここ1年くらいは植村花菜さんの歌「トイレの神様」が話題になりました。

日本は古代から「森羅万象に八百万のの神が宿る」と言います。
山や川、森や里そして家にまで。

そんな色んな所にも神が宿っているわけで、
僕たち日本人は自分の行いを常に正し、そして色んなモノの感謝して生きてきました。

そんな中で、もちろんトイレにも神は宿るのですね。

トイレの神様は、すごく沢山いらっしゃるので書ききれませんが、
なかなか調べてみると面白いですよ!



最近では、金運が上がるという事でトイレ掃除に力を入れる事が流行っています。
何せ臨時収入が入るとか何とか!?


その根拠は
新しい家には7人の神様が住み着くそうです。
順番に神様は家に入ってくるのです、

入った順番に「居間」「玄関」「寝室」「台所」
などと神様が早いもの勝ちで、住み着くそうです。

で、一番遅くに来た神様は最後は「便所」しか残っていないという事になります。

しかし、一番最後に来た神様は、なぜ遅れたのかというと大きな袋を担いるので
来るのに時間がかかるそうです。

その大きな袋の中は、金銀財宝がたっぷり入っています。

だから、トイレを綺麗に掃除するという事は
神様がとても喜ぶので収入UPなどの金運が上がるというものです。


金運をUPしたい方は試してみてはいかがでしょうか?
但し、手で洗うなど条件が沢山あるので一度調べてみて下さいね☆


まあトイレにはいろんな妖怪や神様が存在するように
なんかヨシツネは特別な場所に思えて仕方ないです(笑)


本日はトイレの良いお話をご紹介させて頂きます。
ご存知の方がいらっしゃるかもしれませんが・・・
山廣康子さんという学校の先生が、荒れた学校をトイレ掃除で
生まれ変わらせたお話です。

(少しヨシツネが短く編集しております。)



私が教頭として赴任した、広島の某高校は
地元でも有名な荒れた高校でした。

学校にはごみは散らかり、職員室まで汚い有様でした。

リンチ事件が多発した時、私は驚きました。
それは、周りの教師の言動です。

「やっぱり起こりましたねぇ」
「しかし、二学期になれば、毎年静かになりますから。
毎年一学期が終わると、問題行動を起こす生徒が大量に休学、
退学していくので学校が落ち着くんです」


他人事のように何もしないであきらめている姿に
私は「教師としてのプライドはないのか!」と憤りを隠すことが出来ませんでした。

生徒は社会の犠牲者で「生徒を受け入れてやらねば」
と教師達は言うけどそれでは生徒の為にならない。

そのまま社会に出したら、生徒は間違いなく切り捨てられる。

生徒達を受け入れ、救うと言いながら、生徒たちの行動を放置し、
容認するだけという野放し状態。

このように割り切れば教師はとても楽である。
みんな口では「大変だ、大変だ」と言っていたが、生徒指導も進学指導もしない。
教材研究もしない。クラブ指導もしないのである。


教師にとってこんな楽な学校はない。
授業中寝ていてもオーケー。制服を着ていなくてもオーケー。


「このままでは、この子たちは落ちるとこまで落ちてしまう。」
私は危機感を持っていた。



そこで、ボランティア団体の協力を得て、
生徒にトイレ掃除をさせる事にしました。
もちろん教師も。


教師達はあまり乗り気ではない人がいましたが
反対はしませんでした。
反対する理由が見つからないからです。

これが始めてみると奇跡が起こったのです。

はじめポケットに手を突っ込んでふてくされていた生徒達が
ボランティアの大人が一生懸命トイレを掃除している姿を見て
しぶしぶ掃除道具に手にとり出したのです。

なかにはリンチ事件の加害者も含まれていた。

多くの生徒が、最初は便器に触ることに不快感を示したり、
やる気がなさそうな態度を示していたが、時間がたつにつれて
真剣な顔になり、最後には全員が便器磨きに没頭していた。

トイレ掃除は想像以上に大成功だった。

私にとって生徒たちが熱心に取り組んでいる姿は意外だったし
正直、生徒たちがここまでやるとは思っていなかった。

このトイレ掃除で得られて事は、トイレを綺麗にしたという充実感だけでない。

大勢の人たちと一緒になり一つの目標に向かうことで生まれる共有体験も
得られるのだ。特に問題行動を起こす生徒はたちにとって、大人と一緒に
何か取り組むという経験は、新鮮なことに違いなかった。

トイレ掃除を機に、学校全体の空気が、少しずつ変わり出していく気配があった。

自分たちの学校は自分たちの手できれいにしようという意識が
芽生えてきたようだった。それ以来、教室を掃除しようとか、
ゴミのポイ捨てをやめようという動きが、教師や生徒たちの間に、
徐々にではあったが、自然に生まれていった。


学校が少しずつきれいになることで、生徒や教師の心が安定するという
変化が起きているようだ。

遅刻・服装指導の取り組みも効果を見せ始めていた。

あれほど「無理だ」と言っていた教師たちの言葉とは裏腹に、
生徒たちは案外素直に規則に従い、遅刻は減り、
服装もかなりまともになりつつあった。

もう一つ奇跡が

私が朝、遅刻指導で校門に立っていると、声をかけてくる生徒がいた。
「先生、おはよう」
私に敵対心をむき出しにしていた問題行動の常習犯だった。


「生徒は変わることができる。やればできるんよ!」
と、私は心の中でそう叫んでいた。


「参考「やればできるんよ-女性校長学校改革1000日-」
山廣康子著 ダイヤモンド社 2005年







この話を知って「トイレってすげぇなぁ」ってヨシツネは思いました。
でも、この謎のボランティア団体って気になりますよね。




車用品販売のイエローハットの創業者 鍵山秀三郎氏
掃除に学ぶ会」です。
全国の学校や駅などのトイレをボランティアで掃除する団体です。




鍵山氏曰く


「いままでかなり努力したつもりでも報われないことの方がほとんどでした。
しかしそれでいいんだと思います。それが自然の姿だと思います。」


「一人でも多くの人が見返りばかり求めず、努力そのものに意義を見出せるようになれば、世の中はもっと穏やかになると思います。」


「ムダな努力というのはひとつもありません。努力と工夫を重ねる過程で私たちは暗黙の規範、規律、秩序を身につけることができます。」



「現代の日本人が豊かさの中で幸せを実感できないのは、努力以上の見返りを求めるから。」



「日本人は戦後、豊かさを手に入れる一方で、人への思いやりや公徳心といったものを失ったとつくづく思います。豊かさと温かな心を両方もてば人は本当の幸せを手に入れられるはずで、これこそ私どもの会の目的なのです」



「とり戻したい 日本人が失った温かさ」


***************************************** 



いや~、深いお話です。


見返りを求めない、高い精神性・・・
なんか自分を反省してしまいます。。。



そういえば、僕たちの生きる現在って何かと見返りを求めていると思う。

これだけやってあげたんだから、当然あなたも・・
こんなに働いているのに・・・
こんなに勉強しいるのに・・・
こんなに俺ががんばっているのに・・・

いや~反省ですね。。。。


そういう意味では
トイレを綺麗にすると   美人になれる
トイレを綺麗にすると   お金が入る

というのは、すごく浅い考えなのかもしれないですね・・・・・・・・・・・




いや・・
いや・・・
そうじゃない
トイレを綺麗にする事で、自分を磨き、思いやりのある人間に
そして気づける人間に自然となる

人間性を成長させ、幸せを感じる事ができ

自然に周りに人が集まり、自然と人に好かれる



結果として、お金を生み出す人間になるのかもしれないし

そういう人は生き生きして、すごく魅力的なのでしょうね



さあさあ、便所掃除しましょうか☆



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「幸せな子」では無く「幸せになれる子」を育てたい

                       えびす講
子どもへ伝える大切なもの


新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくおねがいします


年末年始、少し留守をしておりまして
ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。


月日が流れるのは早いもので、今日で1月9日になりました。
大体この時期は、全国のえびす神社でえびす講(十日戎)が始まります。

ヨシツネも一応商売人の端くれですので
毎年、参拝しております。
関西では「えべっさん」と言われ親しまれています。
僕も「えべっさん」行って何となく、一年が始まった気がします。

えびす神社を、ひらがな表記しているのは
各神社で使っている漢字が違うからです。
例えば
夷神社、戎神社、胡神社、蛭子神社、恵比須神社、恵比寿神社、
恵美須神社、恵毘須神社など沢山あります。

みなさんのお近くのえびす神社はどれが当てはまるでしょうか?

えびすは一般的に七福神の一員で、狩衣姿で右手に釣竿、左手に鯛を抱え
漁業の神、福の神、市の神として商売繁盛の神様とされています。

日本古来の神様で、何かリッチな気分にさせてくれますよね(笑)

また「蛭子」と書く事もあり
「古事記」では、イザナギ、イザナミの子の「蛭子命」(ひるこのみこと)として
全国で祀られています。

えびす講の「」というのは、同一の信仰を持つ人々による結社のようなものです。
日本では中世から続く、相互扶助の組織です。
「えびす講」で言えば、漁師や商人が祭祀を行う為の組織です。

信仰を中心に助け合ったり、話し合ったりして
円滑に物事が進むように作られてきました。



日本では、さまざまな講が作られてきました。
富士講→富士山信仰
伊勢講→お伊勢さん信仰
熊野講→熊野三山信仰  など

一人で行くのは大変なので、みんなでお金を出し合い、
代表者に参拝してもらってご利益をもらう。


頼母子講(たのもし)→一定の額をみんなで出し合い、利息などを受け取る
(銀行の定期預金や株の配当のようなもの?)

なます講→災害時に水や食料や医療の助け合い
無縁講→集落で葬儀がある場合の相互扶助
子安講→主婦が集まって子育てから開放する無礼講の日の為

また「」という組織も形成されました。
村なので一人で行うには多大な費用と期間、
そして労力が必要な作業を、集落の住民総出で助け合う組織です。


こうした「講」や「結」などは日本全国あらゆる場所で結成されました。
ほとんどが自然発生的に誕生しました。

みんなで助け合い、みんなで信頼し合い、そうして暮らしていく。
困っている人がいればみんなで助ける。

また困る人が出ないように、最初から協力体制を整えておく。
自分さえ良ければ良いという考えはありません。

そういうお互い助け合う環境で子供たちもすくすく育っていきます。


すばらしいシステムだと思います。

しかし
戦後は、こういった地域のコミュニティーが殆ど無くなりました。

大都市では、ほとんど皆無です。
ねずみ講と無礼講くらいです(笑)

悲しい限りですね。


しかし、日本人のこういった相互扶助の精神は
まだ無くなっていないと僕は思います。

災害時など、いざとなったら助け合う人々を
阪神淡路大震災などでも見ました。

自分の家を無くし、家族を無くしても
みんなの為に働いた人がいました。
食べるものや水の確保。
自分よりまずお年寄りや子供たちの心配。

そういった日常の秩序が無くなった時に
人間の精神性が特の表れます。

外国で災害があると強盗や犯罪がすぐ起こります。
しかし、日本ではそういった事が殆どありません。

この違いはやはり日本人は、他人とお互い助け合って生きてきた
先祖からの脈々と続く精神があるのでしょう!!

これは講や結などの組織が無くなった現在でも
「みんなで助け合う精神」が知らぬ間に僕たちの心に
根付いているからだと思います。

戦後60年経った今
いつまでこの精神が日本人に続くか心配です。

あと30年も経てば、先祖から受け継いできた美しい精神が
無くなってしまうのではないかと思います。

僕たちの代でプツリと途絶える・・・
それは回避していきたい事です。

7日のニュースでもありましたが
13年連続、自殺者が3万人を超えました。

それは神奈川県藤沢市くらいの人口が
この10年あまりで消滅した事になります。

医療が発展しガンで亡くなる人は相対比で減っているかもしれません。
しかし、心の病を抱えている人は激増しています。

こういった点でも、まさしく21世紀は「心の時代」だと思います。
便利さや、物質的な幸福では無く
心の豊かさを追求する時代になったのではないでしょうか?


その心を養うのは、やはり人間関係でしか無いと思うのです。
わずらわしいと思う人間関係こそ、最後は助けてくれるのではと思います。


こんな時代だからこそ、人との結びつきとして
講や結や隣組のような最小単位の地域のコミュニティーの形成が
必要であると思います。

人間は一人では生きていけない
助けて貰うばかりでなく、助けてあげるばかりでなく

お互い助け合っている環境こそ
お互い信頼し合っている時こそ

人間として充足感に満ち足りている瞬間ではないでしょうか



我々の世代で失くしてはならないモノ

それは「相互扶助の充足感」ではないでしょうか

僕はそう思います



それでは「えべっさん」行ってきま~す☆


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