自分が日本人だと言えるだろうか


$子どもへ伝える大切なもの



雅楽演奏家の東儀秀樹氏が
「真の国際人の条件とは、自国の文化を知っていることです。」
と語った。


確かに外国人は自分の生まれた国に誇りを持っています。


だからこそ相手の国の歴史や文化の事に興味津々であるし、それを知る事で相手を理解しようとします。


生まれた場所も育った環境も違う人同士の信頼関係を結ぶ手段でもあるのです。


日本人が自国に誇りを持たない、自国の文化を知らないという事は、彼らから見れば信じられない事なのです。


欧米人から見れば、日本人も中国人も韓国人も区別がつきません。
私たちが白人を見て、アメリカ人かドイツ人かオーストラリア人なのかを区別つかないのと一緒です。



では、何をもって自分が日本人と言い切れるのでしょうね。


国籍が日本だから?
日本に住んでいるから?


私たちが日本人なのは確かだけれど、外国人にどう理解してもらうのか?

まさか、チョンマゲにするわけにもいきません(笑)



一体何をもって
私たちは自分が日本人だと言えるのだろうか。




日本の歴史や文化を知らない、日本語さえ流暢に話せない。
意思を伝達するだけなら、ジェスチャーでも通じます。
共通言語はそれを円滑にする手段でしか過ぎません。

では学校教育とは何だったのだろう?
自分は何を勉強してきたのだろう?


私がそう気づいたのは大人になってから・・・


海外に行き、他国の文化に触れることは非常に楽しい事です。

しかし海外に行けば行くほど
海外生活する人ほど、日本の良さに気づかされます。




日本の長い歴史や文化の素晴らしさ、人の穏やかさ、
強い経済力や治安の良さ、そして貧富格差の限りなく少ないことなど。






分かっていたつもりだったけど、分かっていなかった。

日本人のつもりだったけど、「つもり」だけだったのです。




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飛行機でフィンランドの学生の女の子と隣合わせになったことがあります。

彼女は日本人の僕に興味を持ったらしく、いろいろ話しかけてくれた。
母国語であるフィンランド語では無く、それもわざわざ英語で。

流暢な英語で話す学生の女の子、カタコトで必死に答える
いい年のおっさん。

かっこわるいったら、なんの(笑)


一通り話し終わった後、彼女は嬉しそうに一冊の本を取り出して、僕に表紙を見せるのです。


【YASUNARI KAWABATA】

彼女は川端康成の本を読んでいたのです。


「あなたは、知っているでしょう?」
と嬉しそうに僕に聞く彼女。

「もちろん知ってるよ。」と言いながらタイトルを見ると、
僕が読んだ事もないし聞いた事もないタイトル。


「えっ・・・・。」
僕の顔がどんどん引きつっていくのが自分でもわかった。

恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。


日本人でありながら読んでいない。
彼女はフィンランド人の学生でありながら、
英文で日本文学を読んでいるのだ。

この違いは何なのだ。

そして日本人だからこそ、話が弾むと思って彼女が提供してくれた話題にもかかわらず。


素直に知らないと答えられず、話をはぐらかした。


彼女をガッカリさせたくなかったし、

もし彼女が今後日本人と会わなかったら、
日本人のイメージは馬鹿な僕である。



「日本の皆さん、申し訳ありません。」
情けない、こんな心から思った事はなかった。


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どうぞ心に留めていただきたい。
「日本」は、あなた方現代の日本人だけのものではない、
我々「元日本人」のものでもあることを。

私は、台湾にやってくる日本人に説く。「自分の国を愛しなさい」と。

自分の国をも愛せない人が、どうして他人や他の国の人々を愛せるだろうか。

自らの祖先を敬い、親兄弟を愛し、そして、そうした人々が幸せに暮らす祖国を愛してこそ、世界の人々を愛せるのだ。

どうぞ台湾に日本の正しい歴史を学び、自信と誇りを取り戻していただきたい。

そして誇りある日本がアジア地域の安定と平和を担う真のリーダーたらんことを願う。
日本人よ胸を張りなさい!


蔡焜燦






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ひな人形の飾り方(再掲)

              
ビックひな祭りにビックリ(千葉県勝浦)
$子どもへ伝える大切なもの

3日3日は桃の節句です。いわゆるひな祭です。
桃の節句は5節句のひとつで上巳(じょうし)です。
五節句は人日、上巳、端午、七夕、重陽です。


ひな祭りの起源は、春の訪れに
野のカミ、山のカミ、水のカミに感謝する行事
宮中で天皇の御所を模した御殿や飾り付けで遊んだ平安時代の「雛あそび」とが合わさった行事とされています。


また江戸時代には庶民に浸透し紙の人形を川に流して穢れを祓う「流し雛」と呼ばれる祭祀に発展しました。


お内裏(だいり)様の内裏とは、天皇の住まう御所を指します。


という事はお内裏様というのは天皇、皇后を模した人形という事になります。




ひな壇には、桃の花や白酒、草もち、果物など飾りますが、
それも昔村人が集まって春の感謝の気持ちを野山へ出てカミにお供えし、そして春の訪れのお祝いの宴をしていた名残です。



またひな人形は早く片付けないと「嫁に行きそびれる」と縁起を担ぎました。
だから、雛人形は早い時期から出しておいて、
その日のうちに片付けなければなりません。




ひな祭りは
それは「娘が無事に育った事を感謝する」意味合いと
「これから健やかに成長し、早く良縁に恵まれますように」という親の願いが込められた行事です。








ひな人形の飾り方は関東(江戸)と関西(京都)では違います。
最近では江戸のスタイルが多いようですが




一般的には
1段目内裏雛向かって左が男雛、右に女雛(京都は逆になります)

2段目三人官女向かって左から提子(ひさげ)、三方、長柄銚子(間には高杯)

3段目五人囃子向かって左から太鼓、大鼓(おおつづみ)、子鼓、笛、謡(うたい)

4段目随身向かって左が右大臣、右に左大臣(間には菱餅など)

5段目仕丁向かって左から台傘、沓台、立傘 (熊手、塵取、箒の場合も)
        向かって左端に右近の橘、右端に左近の桜

6段目~雛道具箪笥、長持、鏡台、駕籠、重箱など(京都は公家、江戸は武家の嫁入り道具)






ひな祭りを行うことで、自然に感謝する事を子どもに教え、

家族の絆を深めることが出来ます

立派なモノでなくてよいのです

女の子のいる家庭では、家族でひな祭りを行い

子どもの健やかな成長を祈りましょう

きっとお子さんはそんな親の想いを理解する日がくる事でしょう

それはお子さんの心を育むことに繋がりましょう







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あたりまえって、むずかしい


「人に奉仕する、それ以外ないでしょう?」


$子どもへ伝える大切なもの

日本人の30代~40代の男女とも
社会人になってから、精神を病むことが多いらしい。


日本型と呼ばれた終身雇用、年功序列の社会システムが崩壊し、欧米型の成果主義の企業がもてはやされた時代とちょうど重なります。

団塊世代である父母が歩んできた道を幸福像として信じて
彼らの多くも同じように歩んできたのだが、社会の構造変化には対応出来なかった。

一流と呼ばれた企業の倒産、
リストラの風に巻き込まれた40代

それらを見て
自分らしい生き方を望んで、
実力社会の荒波に挫折した30代


自分が子供の頃に描いた将来像と、大きくかけ離れる。

こんなはずじゃ無かった。

もちろん自己責任だと言えばそれまでです。

他人を信用できない、社会も信用できない
もちろん自分の将来にも、希望が持てない。

まさしくロストジェネレーション

しかし、彼らの世代が今後の日本を築いていく。

最近、大学生の就職活動で銀行などの金融業界、公務員などが人気らしい。
上の世代を見れば、彼らが安定志向になるのも一応理解できる。

ただ単に安定した就職口に就く事がゴールであり
何かを成し遂げる為に就職する人は少ないように思います。

その安定を求めた公務員身分でさえも
今後、公務員改革でどうなるか分からない。

その彼らが突然グローバルの競争社会に放り出されたら、
対応できるだろううか。


しかし、そうした彼らもいずれ、将来の日本の中心世代となる。





「あなたは、何の為に仕事をするのですか?」

「何故、その業界でなくてはならないのですか?」



この問いに明確に答えることは、結構難しい。





「仕事と労働」は違うと巷ではよく言われます。



労働という言葉は近代まで日本に存在しなかった言葉です。


労働という言葉はイギリスの産業革命時に誕生した言葉です。


肉体や頭脳を提供し、賃金を得る行為を労働と言います。


一人一人が生産者(農業、商人)であった旧来の構造を変革し、労働力を結集することで近代の産業革命を起こし、大量生産大量消費の現在の構造が出来上がった。そうする事で、世界は経済発展と物質的豊かさを手に入れたのです。


しかし、労働者にとって労働=悪という構図になってしまいました。
できるだけ少ない労働で、より多くの賃金を得ることが目的化されてしまいます。


資本家から見ても労働者を労働力と見なしますから、
より少ない賃金で、より多く労働してもらおうと考えます。



つまり資本家と労働者の闘争の始まりです。
この闘争は社会を混乱させるだけでなく、かりに労働の対価が増えようとも結局人間にとって真の幸福は得られないことを人類は未だに理解していません。






「しごと」」とは、
「し」は動作を行う意味の「サ変動詞」の「す(為)」の連用形の「し」と「ごと」は「事」から成り立っています。(語源由来辞典より)

つまり
「するべきこと」という意味になります。

昔の日本人はこの「するべきこと(しごと)」という音に
「仕事」という漢字を当てはめました。

「仕事」はその字のごとく「仕える事」です。

まとめますと
「するべきこと」とは「仕える事」なのです。



日本が歩んできた封建社会を日本の教科書では、暗い抑圧された時代だと書かれています。



確かに暗い部分はあったのだと思いますが、その時代の世界各国を見渡せばごく普通の時代だったと思います。


まして日本は庶民文化が発展するほど庶民は豊かでしたから、暗い時代と片付けるのは少々無理があります。



小作人は地主に仕え、農地を借りて耕作します。
その農地で収穫した物で生計を立てます。
地主は小作人が耕作した利益から小作料を得ることで生計を立てます。


小作人は小作料が高ければ、違う地主のところへ行くこともできます。


ですから収穫が無事に終えると、地主は小作人と共に収穫を喜びそして小作人達を労いました。



田植えや稲刈りはムラの共同作業であり、
飢饉があれば地主は小作人を自分の蓄えで養うこともありました。



地主は小作人から信頼を得るように努力し
小作人は小作人としての信頼を得るような仕事に徹する。



ムラという会社の利益の為に仕事をすることが、自分たちの幸福でもあったのです。


「仕える事」は「奉仕する事」であり、
それが「するべきこと」だったのです。



ですから
農民も商人も職人もそして武士も、必ず誰かに仕えていたのです。

そこには家族関係を超越するほどの相互扶助の関係が成り立っていました。


日本の封建社会とは、そういう仕事観を持った集団社会だったのです。


明治期に入り富国強兵の元、日本版産業革命が起こりましたが、日本人の多くは「仕える事」として仕事として励みました。


そのエネルギーこそが企業を発展させ、そして日本を一流国までのし上げたのです。


戦後の日本の発展も同じことが言えます。
外国の企業で働く労働者と明らかに違う
勤勉な日本人の労働力が原動になったのです。


「仕える事」は、年功序列や終身雇用といった日本型のシステムとうまく噛み合ったのです。



1980年代に入ると、人は「仕える事」をしなくなり労働をするようになりました。
日本が好景気ということもあって表面化しませんでしたが、
日本人の強みである「仕える事」はこの時期に終焉を迎えていたのかもしれません。
しかしバブル崩壊後に悪玉に挙げられたのは、
終身雇用、年功序列の日本型システムでした。



確かに終身雇用や年功序列といったものは、グローバルの時代に非効率かもしれません。



しかし、日本人の仕事観が変化してしまった事が大きな原因でもあります。


産業構造や時代に合わせて雇用形態は変化しても、
私たち日本人は仕事観まで変えてしまってはいけなかったのです。



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$子どもへ伝える大切なもの
アインシュタインは

「人生の目的は何だと思いますか?」と聞かれて



「何を言っているんですか?人に奉仕する、それ以外ないでしょう?」

と語った。





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日本はさほど景気は悪くはありません。
マスコミのネガティブキャンペーンに騙されてはいけません。

一所懸命働いて、頭を使って、行動する。
こんなチャンスが多い国はありません。

国のせい、社会のせい、他人のせい
自分がそう思っている間は何も変わりません。

当然ながら、社会もそんな人材は必要としません。
人に仕え、会社に仕え、社会に貢献する覚悟を持つべきです。



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$子どもへ伝える大切なもの
「最も賢い処世術は社会的因襲を軽蔑しながら、


しかも社会的因襲と矛盾せぬ生活をすることである。」


芥川龍之介




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奉祝 紀元節



奉祝 紀元節
$子どもへ伝える大切なもの



紀元節を奉祝いたします。

本日、日本の国の誕生日であります。

全国民でお祝い致しましょう。


紀元前660年

初代神武天皇が奈良の橿原宮で御即位されました。

紀元節は

明治6年に2月11日を日本が建国された日として定めました。





天皇陛下、万歳





皇紀2672年 2月 11日

ヨシツネ







人は何故、東に向かうのか?


$子どもへ伝える大切なもの


ヒマワリは向日葵や
日回りまたは日輪草と呼ばれ
キク科の一年草です。

その字のごとく太陽にゆかりがある事が分かります。

ヒマワリは四方に何も遮るものが無い平地では
なんと一斉に東を向いて花を咲かせるというのです。

詳しくは↓

ヒマワリはなぜ東を向くか―植物の不思議な生活 (中公新書 (798))/滝本 敦

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自然界には私たちが想像も出来ないような叡智が詰まっているのかもしれません。

植物にとって太陽は生命の源であり、その多くは太陽の光の方へ伸びていきます。

では、自然界の一部でもある私たち人間はどうなのでしょうか。

少し想像してみましょう。

みなさんは原始時代に暮らしていると想像して下さい。
そこには勿論ながら電気もガスもありません。

そして見渡す限りの平地に住んでます。

朝になれば明るくなり、
日が沈めば真っ暗になります。

明るい物体が東の方角から現れ、
西の方角に消えていくのを毎日見ることになります。

東から明るい物体が現れることで世界は明るくなり、
西の空に消えていくことで世界は静まりかえります。

東の方角で明るい物体が生まれ、西の方角でそれが消えていくものだと思います。

明るい物体が消えていく西の方角に恐怖心を抱く事でしょうし、

当然、毎日明るい物体を生み出す
「東の方角には何があるのだ?」
という憧れに近い感情を抱くかもしれませんね。

想像終わりです。:::::::::::::::::::::::::::


当然ながら昔の人間もそう思っていたようです。


ラテン語で「オリエント」という言葉があります。
それは「東洋」や「東へ向く」という意味があります。

また死者を葬る際、足を東に向けることも「オリエント」と言います。

反対の意味で「オクシデント」という言葉もあります。
それは「西洋」や「後方」という意味です。

人間の体で表現すると体の前面は東の方角に向け
体の後方は西の方角になります。

新人研修で「オリエンテーション」を行いますが、
あれは意識づけ、方向づけという意味です。

古代のヨーロッパ人は東方に憧れを持ち、中東そしてアジアの方角に神秘的なモノを感じていた事が分かります。





では、その東方の最果てである日本ではどうだったのでしょうか?

以前にも拙ブログで紹介しましたが、日本人は古来より太陽を信仰してきました。

日本の皇祖神は太陽のカミ「アマテラスオオミカミ」であることからも分かります。

しかし、神社の本殿の多くは南に面して配置されています。
東信仰」いうより「南信仰」という感じです。

太陽は東から西へ移動するわけですから(実際は地球が自転しているますが(笑))
太陽信仰の日本では南北軸より東西軸を重視するはずですよね???



では「日出づる東」を信仰していた形跡を追ってみます。


$子どもへ伝える大切なもの①奈良県橿原市には神話に登場する天香久山(あまのかぐやま)があります。
ヤマト(奈良)から見ると天香久山は、太陽の昇るに位置します。
畝傍山、耳成山とともに大和三山と呼ばれますが、に位置する天香久山が一番神聖な山とされました。




$子どもへ伝える大切なもの
②神話に登場する奈良県桜井市にある「三輪山」は、古来から山全体が神聖視されてきました。
西の麓の大神神社のご神体は、の「三輪山」全体です。

三輪山付近の神社は山を背にする西向きが多いのです。

大神神社から北に行くと桧原神社があります。
桧原神社のには、やはり三輪山があります。

この神社は元伊勢と呼ばれ、かつて伊勢神宮が最初にあった場所とされています。


③卑弥呼の宮殿があったとされるマキムク遺跡も三輪山の西に位置します。
この遺跡は宮殿を含む計4棟は、南北に走る中国式宮殿方式とは異なり、太陽の道である東西に配置がされています。

$子どもへ伝える大切なもの
日本経済新聞より



④三輪山の真東には伊勢斎宮跡があり、真東からそれるが伊勢神宮もあります。





$子どもへ伝える大切なもの⑤出雲大社の本殿内部のご神体(大国主命)は東西軸である西向きに鎮座されています。
御神体に向かって正面から参拝しようと思えば、西側の塀の外から東に向かって拝まなければなりません。不思議ですよね。



このように例を挙げるとキリがありませんが、全国には数多くあります。もしかしたら皆さんがお住まいの近くにも調べて見ると存在するかもしれませんね。
そういえば、靖国神社は新しい神社ですが、御本殿は東向きに建てられていますよね。うむむ(-"-)


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古来の日本には太陽の道である、東西軸を重要視する東信仰が存在した。

それが何故、南北軸を主体とした現在の神社仏閣の配置になっているのか?

これは「天子南面す」というシナ大陸の思想が影響していると言われています。
(僕はそれだけが理由ではないと思いますが)

天子は北極星を背に南に面し
臣下は太陽を背に北に面します。
北極星の不動の座に皇帝が座ります。


この考えのもと現在の配置のなっているというのです。

また
皇帝の左手は東側右手は西側となりますので、左上位の考えが生まれました。


左(ひだり)の語源も、東(ひがし)から発生したというのが定説です。
左手は東、右手は西でありますから
体の向きはに面します。



しかし、やまとことばでは
東は「ひむかし」と言います。その字のごとく
」は(日=太陽)。「むか」(向かう)。「し」は方角を表します。

という事は、「太陽に向かう方角」となります。
(誤解が無いように、むかは産むという説もある)


やまとことばの左右は、南北を意味するという説もあります。

○「みぎ」と「みなみ」
「みぎ」と「みな」であり。「み」は水を指し、やまとから見れば南には海が存在する。

○「ひだり」と「きた」
「ひだ」と「きた」であり、みなみが「光」という概念ならば、きたは反対語の「黒、汚、闇」の「きたなし」から「きた」と「ひだ」がリンクする。



つまり古代の日本人は


左手を北に指し、右手を南に指していた


すなわち体は東に向かうのです







  
 
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